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悪魔に捧げる鎮魂歌  作者: 西季幽司
第二章
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刑事と鑑識④

 交通量の多くない道路だが、それでも車が通ることがある。運転手はため池で何か工事をやっているのだと思うことだろう。

「なあ、兄ちゃん。あんた、酒がダメなのかい?」

 滅多に車など通らない。鬼政が道路を挟んで話しかけ来た。

「はっ⁉いいえ、どちらかと言えば強い方だと思います」

「さよかい?昨晩、酔って記憶を無くしたんやろう?ホテルに運び込まれたことさえ覚えていひん。なんぼ疲れとったとしても、意識を失うほど酔うなんて変だと思わへんか?」

「思います。あれくらいの酒で酔っぱらってしまったなんて、信じられません」

「一服、盛られたんやろうな」

 このガタイだ。酒は弱い方ではない。確かに疲れてはいたが、弓月の警護があったのに、あれだけの酒で前後不覚となったなんて信じられなかった。

「弓月に何かあったら、事務所のみんなに会わす顔がありません」

「そう気にするな。兄ちゃんのせいやあらへん。あんた、まだ若いから、周りのことがよう見えておらへんだけや。そうや、兄ちゃん、三国志に出て来る司馬懿仲達って知っとるか?」

「確か、諸葛孔明のライバルだった人じゃなかったですか?」

「そうや。曹操が建てた魏の国は、司馬懿に乗っ取られてしまう。晋ちゅう国になってしまうんやが、司馬懿は屈強の私設軍隊を持っとんてん。私設軍隊の兵士はな、司馬懿の為なら命も要らんちゅうほど、忠誠心に溢れた軍隊やってんやて。どうやって私設軍隊を作ったと思う?軍隊から生きのええ戦士を引き抜いて来た訳やないで」

「さあ、分かりません」

 車が一台通った。運転手は不審を抱いた様子もなく、通り過ぎて行った。

「司馬懿はな、戦災孤児を拾って来ては戦士として育てたんや。その数、三千人。やがて彼らが一人前の戦士となると、司馬懿の為なら喜んで死地に赴くような最強の戦士となってんねん。司馬懿にとっちゃあ、都合のええ戦士や。だがな、彼らにだって人生はあったはずや」

「はあ・・・・」鬼政が言わんとしていることが、何となくだが理解できた気がした。

 弓月に忠誠を誓うのは良いが、自分の人生だ。盲目的になるなとでも言いたいのだろう。

 背後からざぶんと音がして、「おお~い」と声がした。鬼政が振り返る。ため池の中から鴨志田が顔を覗かせていた。

「どや?」と鬼政が近づくと、「あった。見つけた。遺体や」と鴨志田が顔をごしごしと手で拭きながら答えた。

 あまりに自然な様子だったので、深刻さが伝わって来なかった。まるで、不法投棄されたゴミでも見つけたような口ぶりだ。

「やっぱり出たのか」

 何だ、何が出たのだ!遺体なのか?弓月なのか⁉思わず駆け寄った。

「弓月ですか⁉」

 池の中から鴨志田が答える。「さあてな。兄ちゃん、あんたには後で面通ししてもらう必要がありそうや。政、通報してや。それと荷台にあるロープを投げてくれ」

「OK、了解。ああ、兄ちゃん、もうええぞ。その服とヘルメットを脱いでも。さて、あいつらが駆けつけて来るまでに言い訳を考えておかなくちゃあな」

 鬼政はそう言って悪戯っぽく笑った。私有地だ。勝手に池を浚った理由が必要なのだ。しかし、死体だ。大騒ぎになるだろう。

 鬼政が通報する。通報を受けて、直ぐに警官が駆けつけて来た。現場に鬼政がいることに気がつくと、「あっ!」、「おっ!」、「えっ!」と警官は皆、一応に奇声を上げた。そして、鴨志田を見て、また「えっ!」と驚きの声を上げた。

 鬼政が「ほれ、規制線を張れ」、「こら、鑑識が来るまでその辺、踏み荒らすな!」と現場を仕切り始めた。鬼政は一般人のはずだ。

 俺は鴨志田と少し離れた場所で、軽トラックに寄りかかりながら作業を見守っていた。

「兄ちゃん、とんだ事件に巻き込まれたなあ~それはそれで運の悪いことやけど、せやけどあんた、ついとるで。偶然とは言え、政に巡り会うなんてな。あいつに任せておけば大丈夫や。きっと犯人を見つけてくれる」

「お二人は長い付き合いなんですね」

「腐れ縁ってやつよ。憎まれ口を叩きながら、張り合ぉて来たんやけど、気がついてみたら長い時間が経っとった」

 鬼政と同じようなことを言う。

「色々、ありがとうございます。お二人に出会わなければ、どうなっていたか。考えただけでぞっとします」

「気にしなさんな。政もわい定年で警察を放り出されて暇を持て余しとる。丁度ええ暇潰しになりよった。特に政はやもめやから、警察辞めて、何をしたらええか分からんかったはずや。好いとった三国志を研究するとか言うとった」

 それで三国志なのだ。

「やもめ?ご家族はいないのですか?」

「十年前に病気で奥さんに先立たれとる。捜査で看取ってやることが出来なんだことを、未だに後悔しとる。子供はおらんかった。花屋のマイちゃんに惚れとるのは分かっとるんやが、亡くなった奥さんに義理立てして好きやと言われへんでいる」

「そうなのですね」

 人間、誰もが複雑な事情を抱えている。

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