刑事と鑑識②
「まあ、こんなもんよ」と鬼政は言う。
警察の捜査など、外れを繰り返し引くことで、当たりを引く確率を上げるようなものだ。そして、「兄ちゃん。弓月って言うあんたのボス、どない人間や?」と聞いてきた。
「う~ん」と考えた後で、「まあ、一言で言うと傲慢な人間ですかね」と答えた。
「はは。兄ちゃん、苦労しとった訳やな」
「でも、憧れの人物でしたから。傲慢なのも、個性だと思っていました」
「ほう~兄ちゃん、あんた偉いな~若いのに、なかなか人間が出来とる。兄ちゃん、生まれつきオーラのある人間なんて、おらへん。オーラってのはな、実績を積み重ねて初めて纏えるものなんや」
「弓月にはそんなオーラがあったような気がします」
「さよか。ああ、ここや。ここが二つ目の候補地や」と言って、鬼政は小さな神社の境内に車を停めた。
見ると道路の片側に畑が広がっていて、反対側には池があった。畑に水を供給する為のため池のようだ。
「神社からため池にかけて、辻花家の所有地らしい。ちょっと降りてみよう」
見晴らしは良いが民家が無い。付近に防犯カメラは見当たらなかった。交通量が少ない道路だ。夜になると人通りは絶えるだろう。人目につかない。
こういったため池で水難事故が発生することが多い。勝手に人が入り込まないようにため池の周りには鉄柵が張り巡らせてあった。だが、道路の向うにある畑に水を供給する為に、一部が橋になっていた。道路が橋になっていて、下を用水路が走っている。この用水路の入口辺りには柵がなかった。背の低い欄干があるだけだ。
鬼政が近づいて来て言った。「この辺は民家から距離がある。このくらいがええ」
「そうですね。雨の多い季節になると、用水路に水があふれるでしょう」
「うん?兄ちゃん、ここを見いや」鬼政が指さす。
鉄柵と欄干の間に、人一人通ることができる隙間があった。
「これは・・・・」鬼政の言わんとしていることが分かった。
ため池の土手に雑草が生い茂っている。それが欄干と鉄柵の間、隙間のある箇所だけ、雑草がなぎ倒されていた。何か重たいものを引きずった跡に見えた。
「あんた、ついとるな。二カ所目で、早速、怪しい場所が見つかった。日頃の行いがええんやな。普通、こないなことはおまへん。道路から死体を引きずって、池にドボンってとこかな。おっと、兄ちゃん、悪いな。あんたのボスやった。悪い、悪い。全く、テレマカシーが無いよな」
デリカシーだろうと思ったが、口に出すのは止めておいた。テレマカシーは確かインドネシア語でありがとうの意味だったはずだ。
「どうします?」
鬼政は愉快そうに言った。「そりゃあ、池を浚ってみるしかないわな。まあ、暫く放っておけば、遺体は腐敗が進んで、体内で発生するガスの為に膨張し、浮かび上がってくる。それまで待ってられへんよな?」
「はい」一刻も早く、弓月の行方を知りたい。
「こないな時、国家公務員だと、勝手に私有地に押し入って、探す訳には行かへんねん。空き地やけどな。そやけど、わいはもう一般人やからな。池で遊んでおって、死体を見つけてしもたら、それはもうそれでしゃあないこっちゃ。ちゃうか?兄ちゃん」
「はあ~で、どうやって池を浚うのですか?」
「そりゃあ、兄ちゃんに決まっとる。池に潜って死体を探すんや。心配せんでええ。ロープで体を括っておけば、端っこを持っといてやる――と言いたいところやけど、ため池ってやつは意外に危険や。大人でも溺れてしまうことがある。ここは専門家を呼んだ方がええ」
池に潜れと言われるかと思った。
「専門家ですか?」
弱った。金がかかりそうだ。だが、私有地に勝手に専門家なんか呼んで大丈夫か。
「何や楽しくなってきたな」鬼政は携帯電話を取り出すと電話を掛け始めた。「ああ、わいや。政や。うん、その話はまた今度な。おもろい事件があるんやが、力を貸してくれへんか?人探しや。うん。ちょっと池を浚いたんやけど、何とかなるかな?えっ、さよか。流石はマコっちゃん!うん。辻花の辺りや。ああ、分かった。勿論、覚えとる。ほな、そこで待っとる」
鬼政は電話を切ると、にっと笑ってから言った。「心強い味方が来てくれる。ほな、兄ちゃん、移動や。今、人目については元も子もない」
ため池があった場所から車で十五分ほど走ると、住宅街になり、鬼政は一軒の花屋の前で車を停めた。紬と看板が出ている。「おう、ここや。若いの、降りてくれ」
花屋にいったい何の用事があるのだ?ずんずん花屋に入って行く。後に続くと、店内の一角にテーブルと椅子が置いてあった。鬼政は椅子に腰かけながら「兄ちゃん、こっちや」と手招きした。
「いいんですか、勝手に座って」
「ええねん。ここは喫茶店もやってんねん。美味しいコーヒーを飲ませてくれるんや。さあ、兄ちゃん、はよ座りいや」
椅子に腰掛けると、「あらまあ、嫌やわ。お得様にお茶をお出ししているだけやのに、喫茶店やなんて」と女主人が現れた。
「マイちゃん」鬼政の笑顔がはじける。
鼻の下が伸びすぎだ。かつて犯罪者を震え上がらせた男とは思えない。
女主人を見て驚いた。美人だ。細面で人形にように整った顔をしている。どう見ても三十代にしか見えないが、笑うと寄る目じりの皺から、実際はもっと年上のようだ。四十代、いやひょっとしたら五十代かもしれない。
「はは。悪いね、マイちゃん。マコっちゃんと待ち合わせてんねん。暫く場所を借りるで」
「はいはい。何時ものコーヒーでよろしいですか?」
「うん」と鬼政が子供のように答える。
女主人が「漆原と申します。今後とも、よろしく御贔屓に。あなたもコーヒーでよろしいかしら?」と挨拶して来た。
「あっ!はい。何でも結構です」と答えると、「おいおい、兄ちゃん。何でもええは無いやろう。なあ、マイちゃん」と鬼政が口を挟んだ。
花屋の女主人にメロメロのようだ。
「待ってな。じきにやって来る」
ここで専門家と待ち合わせなのだ。専門家がやって来るまで、結構、待たされた。その間、鬼政は女主人に夢中になって話しかけていた。




