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悪魔に捧げる鎮魂歌  作者: 西季幽司
第二章
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刑事と鑑識①

 翌朝、九時に鬼政が迎えに来た。

「裏が取れた」と鬼政が言う。

 軽自動車に乗り込みながら、「裏って何ですか?」と尋ねた。

「寿司屋や。兄ちゃん、井上家で寿司を食ったって言うてたな。寿司屋の名前は加根寿司、ちゃうか?」

「はい。そうです」

「加根寿司に確認を取った。一昨日、大口の出前は、辻花家だけやったみたいや。兄ちゃん、あんたが寿司屋の名前を覚えていたお陰や」

「やっぱり辻花家だったのですね」

 寿司屋のことなど、すっかり忘れていた。流石は鬼政だ。些細な事柄でも疎かにしない。昨日、あれから駆け回ってくれていたのだ。そう言ってくれれば、一緒に走り回ったのだが、足手まといに思われたのかもしれない。

 車をスタートさせながら、鬼政が尋ねる。「連絡はあったか?」

「ありません。携帯電話は電源が切れたままですし、僕は勿論、事務所やご両親にも連絡はないそうです」

 鬼政が迎えに来る前に、事務所に電話をかけて確認してあった。

「さよか。あんたらが辻花家にいたと確認が取れたところで、兄ちゃん。考えてみな。行方不明になって一日、経過したのに、未だに連絡があれへん。誘拐ではなさそうや。あんたのボスは大の大人や。姿を消したくなる理由があったのかもしれへん。

 現時点で事件性を疑うには根拠が薄弱やけど、あんたのことが引っかかる。気がついたらホテルで寝とったと言うたな。大の男をホテルまで抱えて行くなんてえらいこっちゃで。わざわざそんな難儀なことをやった意味は何やねん?」

「さあ、僕にも分かりません」

「あんたが邪魔やったからや。せやけど、あんたに恨みはあれへんかった」

「ええ、はい・・・・と言うことは、弓月に恨みがあったということになります。弓月はどうなってしまったのでしょうか?」

「平野署でわいのこと、聞いたやろ?」

「はい。優秀な刑事さんだったとお伺いしました」

「はは。他にも散々、悪口を聞かされたはずや。まあ、ええ。わいは一課で殺しを専門に扱っとった。どうしても、悪い方に考えてしまう。せやけどまあ、単に行方を晦ましただけかもしれへん。その可能性だってある。せやけど誘拐や下手すりゃあ殺されとる可能性だってある」

「はあ・・・・」正直、弓月は殺されてしまっており、もうこの世にいない――とは想像できなかった。常に自信満々で横柄な男だ。憎まれっ子世に憚るというが、その典型のような男だ。弓月が殺されたとは、どうしても思えなかった。

「さて、殺されたとすると死体はどうなった。死体を処理せなあかん。兄ちゃん、あんたならどないする?」

「どうするって・・・・山にでも埋めるか、海に捨てるか――ですかね」

「せやな。死体を遺棄する必要がある。出来れば見つかれへん場所に。例え見つかっても、自分とは関係ないと言い切れる場所がええよな」

「そうですね」鬼政は何を言いたいのだろう。

「死体を遺棄するには、当然、人気の無い場所がええ。捨てる現場を見られては一大事やからな。近くに防犯カメラがあってもろては困る。できれば遺体が見つからへん場所がええ。自宅の庭だとか、私有地だと理想的や。せやけど、万が一ってことがある。遺棄した死体が見つかった時のことも考えておかなならへん。庭から遺体が出れば、誰がやったか直ぐに分かる。ほんで、ある程度は人が自由に出入りできる場所がええ」

「はあ・・・・」

「署で辻花家の資産状況を調べた。遺体を遺棄するのに相応しい場所がないか探してみたんや。流石に地主だけあって、私有地をぎょうさん、持っとった。その中からいくつか選んでみた。そこに行ってみよう」

 平野署で姿を消していた間に辻花家のことを調べていたのだ。

「はい」と頷く。

「どや?えらいもんやろう。おう、せや。兄ちゃん、あんた白眉って言葉、知っとるか?」

「勿論、知っています。優秀だっていう意味でしょう?」

「そうや。三国志の時代、馬家には五人の兄弟がいて、長男の馬良が最も優秀やった。その馬良の眉毛に白い毛があったことから、白眉っちゅう言葉が生まれたらしい」

 また三国志だ。

「へえ~」興味がなかったが、感心する素振りはしておいた。

「じゃあ、兄ちゃん、泣いて馬謖を斬るって言葉、知っとるか?」

「聞いたことがあります」

「諸葛孔明が魏に攻め込んだ、北伐や、馬謖は孔明に可愛がられ、将来を嘱望されとった。才知に富んだ若者やった。一軍の将に任命された馬謖は孔明の命令を守らず、大敗を喫してしもうた。人材不足に悩どった蜀やけど、孔明は軍法に照らして馬謖を斬罪に処した。そのことから、泣いて馬謖を斬るっちゅう言葉が生まれた」

「はあ・・・・」何となく分かった。

「だがな。さっきの白眉の馬良は馬謖のお兄ちゃんやった。兄弟で一番、優秀なのがお兄ちゃんやったとしたら、馬謖はそれほど優秀じゃなかったのかもしれへん。実際、下手を打って処刑されとるし。まあ、処刑されたのではなく、獄中で病死したっちゅう説もあるそうや」

 昨晩、ジムで出会った男から、今晩もホテルに泊まるなら、ベンチプレスを一緒にやりませんかと誘われた。会田と名乗った男はサラリーマンで、明日、名古屋に戻るらしい。ホテルに宿泊するのは今晩までだ。

 ベンチプレスの効果の高さに驚いた。今日は筋肉痛だ。筋トレを極めている俺にしては珍しい。筋肉は破壊と再生を繰り返す。筋肉痛は筋肉が痛んでいる証拠だ。筋肉を休ませた方が良いのは分かっていたが、ベンチプレスは魅力的だった。それに、会田に負けたくない。

 途中から、筋トレのことを考えていたので、上の空で鬼政の話を聞いていた。すると、突然、「ひとつめがここだ」と鬼政が言った。現実に引き戻される。

 住宅街の真ん中に小山があり、草木が鬱蒼と茂っていた。だが、一目見るなり、「ここはちゃうな」と鬼政が呟いた。

「何故です。穴を掘って埋めれば分かりませんよ」

「兄ちゃん。見てみな。勝手に人が入らへんように柵で囲ってある」と鬼政が言う。確かに道路脇に二メートル以上ありそうな金網の柵が設けられてあった。「死体を抱えて、あの柵を乗り越えるのは無理や。ちごたな、ここは」

 なるほど、その通りだ。鬼政は一瞥しただけで、車をスタートさせた。

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