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悪魔に捧げる鎮魂歌  作者: 西季幽司
第二章
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消えた名探偵②

「さて、ここがお目当ての場所じゃなかったとなると、兄ちゃん、あんたが連れて行かれたのは井上家ではなかったことになる。あんたが連れて行かれた場所に心当たりがあるんだ。どや、行ってみるか?」

 おお~流石は警察関係者にコネがある人物だ。頼りになる。

「はい!是非、連れて行って下さい」

「あいよ~」大政は車をスタートさせた。

 移動中、「もう一度、連絡を取って見ます」と弓月の携帯電話に電話を入れてみた。相変わらず電源が入っていない。

 何処に行ってしまったのだろう?このまま弓月が見つからなかったら、探偵事務所はどうなるのだろうと心配になった。弓月の知名度でもっているような事務所だ。弓月が失踪したとなると、顧客は逃げ出してしまう。

「まあ、そうくよくよしなさんな。大丈夫、きっと見つかるよ――なんて、気楽な言葉をかける気はないが、若い頃は色々、あった方がええ。自分みたいな年になった時に、思い出が多くて楽しいもんや。あんた、見てんところ、えらい若いな。まだ二十代やろう?」

「はい」と頷く。

「諸葛孔明は知っとるか?三国志で有名な天才軍師よ」

 また三国志だ。どうやら三国志が好きなようだ。

「はい。名前くらいは。ゲームとか、漫画で知っています」

「さよかい。ゲームねえ~自分なんか、吉川英治先生の三国志を読み耽った世代やけど。へえ~ゲームでも諸葛孔明は有名やねんな。うん。その孔明が三顧の礼で劉備玄徳に迎えられた時、いくつやったと思う?」

「さあ、二十歳そこそこじゃないですか?」

「二十七歳やった。劉備玄徳は四十六歳やった。随分、年の差があった訳や。諸葛孔明は二十七歳から世に出て、歴史に名を遺した。劉備玄徳が尋ねて来おへんかったら、田舎で朽ち果てとったかもしれへん。まあ、自分が言いたのは、あんたもこれからだってことや」

「ありがとうございます」と答えた時、見覚えのある建物が目に入った。

 アパートだ。確か、井上家に向かう途中にあったような気がする。俺が東京で住んでいるアパートに似ていた。ああ、似たようなアパートがある。この辺だと家賃はいくらなんだろうと思ったから、印象に残っていた。

「大政さん、あのアパート、見覚えがあります」

「さよかい。予想通りやな」

「ここは何処ですか?」

「この辺はな、辻花って言う場所やねん」

「辻花!」聞いた名前だ。

「ほら、あんたのボスが解決した事件、被害者の名前が辻花やったやろう。辻花良悦、彼はこの辺りの人間でね。せやさかい、東京で起きた事件のことをよく覚えとんねん」

「ああ~そうでした。殺されたのは辻花さんでした。辻花さんはこちらの出身だったのですね。しかし、地名が辻花だなんて、凄い偶然ですね」

「そうやあれへん。辻花家は坂上田村麻呂の末裔やそうや。代々、この辺りを収めてきた豪族の子孫らしい。坂上田村麻呂の子孫が枝分かれして、平野七家になりよった。そのひとつが辻花家や」

「坂上田村麻呂?そう言えば、昨晩、坂上田村麻呂の話が出ました。井上家は坂上田村麻呂の子孫だって、晃君や輝秀さんが言っていました」

「井上家を騙ってみたものの、ご先祖様の自慢だけはしたかった訳やな。黙っとればええもんの、マズかったな。墓穴を掘った格好や。ほな、よう見ておいてくれ。あんたが昨夜、訪ねた家がないか」

 やたらと事件に詳しいようだ。警察にどんなコネがあるのだろうと思った時、見覚えのある建物が目に入った。

「あっ!このお屋敷は・・・・間違いない!大政さん、ここです。昨日、連れて来られたのは、この屋敷です。凄い、大政さん。何故、分かったんです」

 間違いない。大屋根を頂く数寄屋門がある。ここから屋敷へ入った。こんな豪華な門を構えた屋敷など、そうそうあるはずがない。

「兄ちゃん、もっと褒めてえや~そんなんじゃあ誉め足りへん」

「大政さん、超絶、凄いです。信じられません。で、ここは、ここはどなたの屋敷なのですか?」

「ここは辻花本家の屋敷や」

 俺の話を聞いた時から、辻花本家ではないかと見当をつけていたようだ。「実はな。あんたが泊っとるホテル、あれ、辻花本家が大株主を勤めとる。つまりや。辻花家の人間ならホテルから人一人、消してしまうことが出来たんやないかって考えた訳や。それに、数寄屋門のある家なんて、寺を覗いたら、辻花家くらいしか知らへんねん」

「辻花家の人間が弓月を騙して大阪まで連れて来た?何故?弓月は事件を解決してくれた恩人だったはずじゃあ・・・・」

「事件の匂いがプンプンすな。辻花の人間があんたのボスを呼び出すのに偽名をつこてん。何故や?辻花の名前だとやって来おへんと分かっとったからや。ほな、何の為に?復讐か?復讐やとすると、なんで、辻花の人間があんたのボスに復讐する?あんたの言う通り、恩こそあれ、恨みは無かったはずや。辻花良悦の事件、ほんまはまだ片付いておらへんちゃうか?」

 犯人が自殺したことで幕を閉じたはずの辻花良悦の事件には、隠された秘密があったのかもしれない。

「大政さん、どうしましょう?」

「せやな・・・・不意を襲ってみてはどうや?彼ら、まさかあんたが尋ねて来るとは思っとれへんやろう。ボロを出すかもしれへん」

「分かりました」車を降りた。

 緊張する。だが、車から大政が見守ってくれている。心強い。

 チャイムを鳴らしてみる。「はい」と返事があった。暫くして、長身で痩せた中年男性がドアを細く開けて顔を覗かせた。顔の真ん中に鷲鼻が長く伸びている。長い鷲鼻のせいで顔が細く見える。見覚えのない顔だ。この家で間違いないはずなのに、見知らぬ人間が顔を出した。少々、焦った。

「あの、藤川と申します。弓月探偵事務所の人間です。こちらに弓月はお邪魔していませんでしょうか?」

「いいえ、うちに弓月さんという方はおりません」と男は怪訝な表情で答えた。

 いない。間違えたのか?不安が広がる。

「昨日、弓月と一緒に、こちらにお邪魔したのです。晃さん、いらっしゃいますか?彼なら何か知っているかもしれない」

「うちに晃という人間もおりません。どなたかとお間違えじゃありませんか?」

 晃もいない。人違い、いや家違いなのか。

「間違いありません。こちらのお宅でした。そうだ!玄関にデッカイ熊の置物がおいてありますよね?中に入れももらえませんか?」

 玄関を入って直ぐのロビーに北海道産だろう、かなり大きな木彫りの熊があった。

「・・・・」一瞬、沈黙があった。

 あるのだ。木彫りの熊があるのだ。もう少しドアを開けてもらえれば、中が見える。俺はドアの隙間から中を見ようとした。

 それに気が付いた男は、「とにかく、うちに弓月さんという人はおりません!井上晃という人間もおりませんので」とバタンとドアを閉めた。

 万事休す。

 車に戻ると、大政はどこかに電話をしていた。何だ。ちゃんと見ていてくれていた訳じゃなかった。

「ほな、よろしゅう頼むわ」大政は電話を切ると、「おう、兄ちゃん。どやった?」と聞いた。

「門前払いを食らっちゃいました。見知らぬ中年の男性が出て来て、家に入れてもらえませんでした。最初は家を間違えたのかと思ったんですけど、あの家で間違いありません。突然、僕が訪ねて来て慌てたのでしょう。ボロを出しました。僕は晃さんいますかと尋ねただけなのに、彼、井上晃という人間はいませんと答えました。苗字を知っていたなんて妙です。それに玄関にあった熊の置物のことを尋ねたら、いきなりドアを閉められました。きっと、熊の置物があるのだと思います。僕に見られたくなかったのでしょう」

「ふふ。あんた、なかなかやるな。さて、現時点で、素人の自分たちにできることはこれくらいや。無理矢理、家に押し入ることは出来ひんし、この辺りの防犯カメラの映像が見てみたいが、そんな力もない。ここから先は警察の力を借りた方がええ。平野署に捜索願を出しに行ったらどや?」

「そうですね。その方が良いなら、そうします。あの~すいません。平野署まで乗せて行ってもらえますか?」

「勿論や。どうせ暇や。とことん付き合おたる」

「ありがとうございます!」

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