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悪魔に捧げる鎮魂歌  作者: 西季幽司
第一章
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達谷の悪路王②

――悪路王に捧げる鎮魂歌


 達谷の悪路王、鶏の黒尾を頭巾に飾り、

 大刃を片手に大将軍と戦った。

 武運拙く、大将軍の捕虜となり、

 縄を掛けられ、京の都に連れて行かれた。

 大将軍の嘆願空しく、悪路王は首斬られ、

 悪名だけを世に残し、悪路王は風になった。

 悪路王は風になった。


 紙片には癖のある字で詞のようなものが書かれてあった。まだ続きがあったのかもしれない。破かれた跡があった。

「これ、どういう意味なのでしょうか?」晃が首を捻る。

「鎮魂歌とあるので、歌詞のようだね。悪路王って、何だろう?」

 携帯電話で悪路王について検索してみた。意外にあっさり見つかった。「悪路王とは平安時代、岩手県の岩手山に棲んでいた鬼の頭領の名前のようです。蝦夷の首長であったアテルイと言う人物と同一人物であると言われているそうです」

 俺がそう言うと「アテルイ!? アテルイだったら、僕も知っています」と晃が答えた。隣で輝秀も大きく頷いた。

「なるほど、蝦夷だ。皆さんが良く知っているということは、坂上田村麻呂に縁のある人物なのですね?」

「はい。流石は弓月さん」晃が坂上田村麻呂とアテルイの関係について説明した。「アテルイは陸奥国と言うので、今の岩手県の胆沢地方を支配した蝦夷の族長で、軍事指導者でした」

「阿弖利為」と漢字表記される。

 平安時代、律令国家への道を歩み始めた朝廷は、東北地方で産する金に目を付けた。東大寺造立を企図していた聖武天皇は、廬舎那仏を黄金で覆う為に、東北の金鉱脈の支配を目指し、紀古佐美を征東将軍とする朝廷軍を派遣した。

 朝廷よりの武力制圧に対して、蝦夷の民は結束を強めた。アテルイを首長に頂き、朝廷軍に激しく抵抗した。軍事の才に秀でていたアテルイは、圧倒的な兵力を誇る朝廷軍に対し、地の利の生かし、大打撃を与えた。

 延暦八年(七八九年)のことで、これを巣伏村の戦と言う。

「アテルイは今でいうゲリラ戦を繰り広げた訳だ」弓月が口を挟んだ。

 歴史は勝者によってつくられる。だが、敗者がいてこその勝者だ。史書に名前が登場するものの、実際にアテルイがどんな人物であったのか分からない。

「僕は当時の朝廷軍は、蝦夷の民を殲滅しようとしていたのではないかと思っています。皆殺しとなると、蝦夷の人々はそれこそ必死で抵抗したことでしょう」

 蝦夷の抵抗に手を焼いた朝廷では、紀古佐美に代わって、坂上田村麻呂を征夷大将軍として派遣する。

「紀古佐美がとった強硬一辺倒の戦術が上手く行かなかったことから、坂上田村麻呂は硬軟両様の戦略を用いました」

 先祖のこととだ。話に熱が入る。

 坂上田村麻呂は十万を号する大兵力で、蝦夷軍を一蹴すると、胆沢に城を造営した。巨大な胆沢城の造営は蝦夷の民に無言の圧力を加えた。

「そして、坂上田村麻呂はアテルイに投降を呼びかけたのです。朝廷軍に投降すれば、蝦夷の民の命までは取らない。そう約束したのでしょう。アテルイは五百の蝦夷の民の命と引き換えに、田村麻呂の捕虜となりました」

 延暦二十一年(八○一年)四月、アテルイは副将のモレ(盤具公母礼)と共に、ついに投降する。投降を受けた田村麻呂は喜び、一族の命を保証すると共に、アテルイとモレの助命を朝廷に嘆願した。

 田村麻呂はアテルイとモレに縄をうったまま上京する。道中、アテルイとモレの助命の嘆願を続けると共に、「彼らに東北経営を任せるべきだ」と朝廷に進言した。だが、朝廷はアテルイを「野性獣心、反復して定まりなし」と決めつけ、田村麻呂の嘆願を退けた。

 同年八月、河内国杜山でアテルイとモレは処刑された。

「このアテルイが悪路王なのです」

 ネット検索を続けていた俺は面白いものを見つけた。「宮沢賢治は原体剣舞連という詩で、悪路王のことを読んでいます。鎮魂歌はこの詩と似ていますが、別物のようです」

「でも、何故、このメモが家の前に落ちていたのでしょうか?」

「のっぺりとした顔をした男が、これを持っとったんちゃうか!やはりあいつ、事件に係わりがあるんや」輝秀が興奮して叫ぶ。

「まあ、まあ」となだめながら、「のっぺりとした男がこのメモを落としていったとは限りませんよ」と弓月が言った。

 輝秀が「ううむ・・・・しかし、玄関先に落ちていたんや」と呻いた。

「これも陽動作戦のひとつなのでしょう。僕の調査を混乱させようとしているのです。これは罠です。犯人の手に乗ってはいけません」

「これも陽動作戦なのですか!?」

「間違いない。晃君。僕が、みんなの前で、事件の真相を解き明かしてみせる。僕が暴き出した真実を知れば、あっと驚くだろう」

 弓月は自信満々だ。

 弓月の笑顔が霞んで見えた。変だ。視界に靄がかかっているようだ。瞬きを繰り返してみたが、弓月の顔がはっきりと見えない。頭の奥で、とろりとした液体が流れているような感じがした。

眠い。急に瞼が重くなってきた。

 いかん。このところ忙しかったし、今日は朝から移動で疲れている。日頃、あまり飲まないビールを飲んで、酔いが回って来たのだ。こんなところで寝てしまうと、後で弓月から何を言われるか分からない。

頭を振って眠気を払った。

 弓月の体がゆらゆらと揺れて始めた。いや、違う。錯覚だ。揺れているのは弓月じゃない。俺の体だ。俺の体が揺れているのだ。体に力が入らなくなって来た。

 弓月の体がずりずりと椅子から滑り落ちて行くように見えた。

 慌てて、弓月の体を支えようと、立ち上がった――つもりだった。急激に床が傾いて行く。立ち上がったつもりだったが、目の前に床があった。椅子から滑り落ちていたのは俺の方だった。どうと床に転がった。そして、意識が飛んだ。


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