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悪魔に捧げる鎮魂歌  作者: 西季幽司
第一章
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達谷の悪路王①

 酒が進むにつれ、宴席が乱れてきた。思い思いに相手を見つけ、愚にもつかない話で盛り上がっていた。

 事件の話が終わると、潮が引くように弓月の周りから人がいなくなった。時折、晃がグラスにビールを注ぎに来るだけだ。

「いいか。物事は表面だけを見ていてはダメだ。裏の裏まで読まないと、真相には辿り着けない」と俺は弓月からありがたい教えを受けていた。「期待しているから、小うるさいことを言うんだ」と言われると、大人しく耳を傾けるしかない。

「体と一緒に頭も鍛えろ!」

 一番、言われて欲しくないことを言われてしまった。俺のこと、筋肉バカだと思っているのだ。

「おおい、弓月さん!晃、大変だ」輝秀がビールを片手にやって来た。

 ほっとした。これで弓月の説教から解放される。先ほどまで、輝秀は田上と青田を相手に趣味の競馬の話題で盛り上がっていたはずだ。

 弓月が怪訝そうな顔をする。「どうしました?」

「青田さんが、うちに来しなに、家の前で変な男を見てん言うんや。その男と言うのが例の――」と言葉を切ると、晃と弓月の顔を交互に見回して言った。「特徴の無い、のっぺりとした顔をした男やったみたいやで!」

「のっぺりとした顔をした男ですか!?」晃の声が大きくなる。

「ああ、せや。身長は百七十センチ前後、長髪でのっぺりとした顔をしとったらしい。わいが目撃した男と同一人物やないかと思う。家の前の道路から、うちの様子を伺っとったらしい。青田さんが声を掛けようとしたら、慌てて逃げて行ったみたいや」

「そんな・・・・何故、今になって・・・・」晃が呟く。そして、弓月に気がつくと、「そうか!やつは、弓月さんがうちにやって来たことを知って、様子を見に来たのかもしれない。弓月さんが事件の謎を解き、正体を暴き出してしまうことを恐れているんですよ」と興奮気味にまくしたてた。

「まあ、落ち着いて、晃君」弓月は晃をなだめると、「晃君、これは陽動作戦なのだよ。騙されてはいけない。のっぺりとした顔をした男と言うのは、犯人が作り上げた虚像だと思って間違いない。未だに、お父さんを殺害した犯人が捕まらないのは、犯人のかく乱戦法に警察が踊らされているからなのさ」と言って片方の眉を上げた。

「かく乱戦法・・・・ですか?」

「そうだ。のっぺりとした顔をした男は、恐らく金で雇われて、家の周りをうろついていただけだ。犯人が仕掛けたトリックに引っ掛かってはいけない」

 弓月の言葉に晃が黙り込む。静寂が食卓を覆った。

 弓月の言葉に納得できないのか、輝秀は「なんしか、わい、いっぺん、家の周りを見て回って、その怪しい男がおらんか探してみるわ」と言って、部屋を出て行った。

 輝秀の後姿を見送ると、晃は「大丈夫でしょうか?警察に通報した方が良いのでは無いでしょうか?」と弓月に尋ねた。

「心配ない。僕を信じて」と弓月は短く答えた。

 弓月はこの事件の真相が分かっているのだろうか?

「弓月さん、ひょっとして、親父の事件の真相が分かっているのではないですか?」と晃が同じ疑問を口にした。

「そうだね、ある程度、目ぼしが付いているよ。こちらに来る前に、部下に調査を依頼して来た。その調査結果が僕の推理通りだったならば、事件は解決だと思っている」

 驚いた。初耳だ。誰に調査を頼んで来たのだろうか?

「どんな調査なのですか?」

 弓月はこういう質問に答えない。名探偵の常として、全ての材料が出そろわないと、推理は披露しないものだと思っている。弓月には関係者を一室に集めて、滔々と謎解きをやりたい、という思いがある。

 案の定、「はは。晃君は僕の仕事に興味があるようだね。僕の中で全ての謎が解き明かされ、真相がはっきりしたなら、誰が君のお父様を殺した犯人なのか教えて上げるよ。現時点では、まだ正確なことを言えない。事件の真相を導き出す為の最後のピースが埋まっていないからね」と弓月は答えた。

「そうですか・・・・」

「まあ、お父さんの事件の背後に潜む問題の裏付けを取っている、とだけ言っておこう」

「その調査結果は何時頃、分かるのですか?」

「早ければ今晩中に報告があるはずだ。でも、明日になるかもしれない。明後日になるかもしれない。その間、暫くこちらに滞在することになりそうだ」

「勿論、調査をお願いしたのはこちらです。気のすむまで滞在して頂いて結構です。滞在費は全て負担します」と晃が言い終わった時、輝秀が戻って来た。

 輝秀は真っ直ぐに弓月のもとへ歩み寄ると、「玄関先にこないなもんが落ちていた」と一枚の紙片を差し出した。

「は?」弓月は優雅に指を動かして、芝居がかった仕草で紙片を受け取った。メモ用紙だ。四つに折り畳んであった。

 紙片を開くと、「何だ?これは・・・・」と弓月が眉をひそめた。

「何て書いてあるのですか?」晃が弓月の手元を覗き込む。

 弓月は目の前の寿司皿を俺の寿司皿に重ねてスペースを作ると、「詩のようだ」と言って紙片を広げた。

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