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悪魔に捧げる鎮魂歌  作者: 西季幽司
第一章
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名探偵誕生③

「遺体の首筋に吉川線が見られなかった。吉川線、知っているかい?紐状の凶器で首を絞められた時、苦しさのあまり凶器を振り解こうとして、首に残る傷跡のことだ。自殺か他殺かを判定する際に、他殺の有力な根拠となる。それが無かったと言うことは、自殺と見て間違いないだろう」

「冷静に遺体を確認していたんですね。流石は弓月さんだ」

「天井の低いアパートだったから、首を吊るには、高さが足りなかった。そこで蛭間はドアノブにロープをかけて、座った状態で首を吊ったのさ。検死の結果、死後、二、三日が経っていた。辻花君の死亡日と一致する。彼を殺してから、そのことで苦悩したんだろ。そして、良心の呵責に耐え切れなくなって、発作的に自殺した。そんなところだ」

 この事件がきっかけで俺は弓月のファンになった。入所してから、散々、弓月の自慢話を聞かされたこともあって、自分でも事件のことを調べたことがある。

 警察の捜査で蛭間が犯人だと示す証拠がいくつか見つかった。

 先ず、アパートからビニール袋に入れられた女性物の下着が発見された。蛭間が奈津のアパートから盗んだ下着だ。

 また三和土にあった運動靴の中底の部分から血痕が発見され、DNA鑑定を行ったところ、辻花良悦の血液であることが分かった。犯行後、蛭間は返り血を浴びたはずだ。服は処分してしまったようだが、靴の中底までは確認しなかったのだろう。恐らく、床に落ちていた血液を踏んでしまい、足の裏に血液が付着した。靴を履いた時、それが中底に移ったのだ。蛭間はそのことに気がついていなかった。

 運動靴は値の張る限定品だった。血痕に気がついていたが、捨てるのが惜しかっただけかもしれない。

 辻花良悦殺害に使用された短刀の柄から、わずかだが部分指紋が採取された。柄に付着した被害者の血液の上に指紋の一部が残されており、当然、犯人の指紋であると考えられた。この短刀の柄に残された部分指紋が、蛭間の右手親指の指紋と一致した。更に蛭間の右手の親指から微量だが血痕が採取されている。DNA鑑定の結果、辻花良悦の血液と一致した。

 証拠は揃った。辻花殺害の犯人が蛭間であることが決定的となった。

――ヤング・シャーロック、降臨す!

 報道番組で、辻花良悦殺人事件の特集が組まれた。派手なテロップが番組の冒頭で流れ、弓月が華々しく番組に登場した。

「第一発見者であった僕は、遺体の状況から、彼と親しい人物により殺害されたと推理しました」弓月はテレビ・カメラの前で滔々と事件の詳細を語った。理論的で分かり易い語り口が、視聴者の共感を呼んだ上に、見た目の良さが相まって、弓月は一躍、人気者となった。

 俺もこの番組を見た。そして弓月に憧れた。

 何せ遺体が廊下に転がる衝撃の映像が流されたのだ。番組は高視聴率を取った。こうして、名探偵、弓月知泉の名前は、瞬く間に世間に浸透した。

 テレビ出演で得た知名度を武器に、弓月は東京で探偵事務所を開業した。都内で最も若い、そして最も有名な探偵事務所の所長となった。

 そして、俺は弓月の探偵事務所に雇われた。あの時は、所員に選ばれたことを、光栄に感じたものだった。今?今だって光栄に思っているさ。

「あの、弓月さん、ひとつ質問してもよろしいでしょうか?」

「ああ、何だい?」弓月は隣で黙々と寿司を頬張る俺を横目で睨んだ。

 食ってばかりいないで、少しは会話に参加しろと言うことだろう。生憎、俺は人見知りなのだ。いかつい外見なので、勝手に怖がられてしまう。

「ストーキングのことを問い詰められ、蛭間が辻花さんを殺害したんですよね。蛭間は隠し持っていた短刀で辻花さんを刺した。だとすると、凶器を持ってマンションを訪れたことになります。初めから辻花さんを殺害するつもりだったことになりませんか?初めから殺すつもりだったのなら、それを苦に自殺したとは思えません。どこか矛盾している気がするのです」

「ああ、良い質問だね」と弓月が頷く。「凶器の短刀はね、辻花君のマンションにあったものなのだよ」

「えっ!辻花さんが持っていた短刀だったのですか!?」

「そうだよ」弓月の説明によれば、蛭間はモデルガンやミリタリーナイフを集めることを趣味にしていた。凶器となった短刀は蛭間が怪しげなサイトで購入した物だった。

「ヤクザ映画なんかで見るドスと同じもののだ。凄いだろう」

 蛭間は自慢気に凶器の短刀を見せびらかしていた。弓月も見たことがあった。

 辻花が橋本奈津の身辺警護することになった時、「これを持っていろ」と護身用に蛭間が貸し与えたものだ。

「自分がストーカーではないことをアピールしたかったのだろうね。蛭間は短刀を辻花君に貸し与えた。だが、辻花君は短刀を持って町をうろつく気になれなかったようだ。結局、短刀は彼のマンションに置きっぱなしになっていた」

「ストーキングがバレて追い詰められた蛭間は、部屋にあった短刀を手に辻花さんに襲いかかった訳ですね。なるほど~」晃が感心する。「蛭間のアパートには、玄関と窓以外、他に出入りできる場所は無かったのですか?例えば、台所とか、風呂場の窓とか」

――ないね。

 弓月は言下に否定した。

 蛭間が住んでいたアパートは同じ間取りの縦長の部屋がずらりと並んだタイプだ。角部屋には窓が二カ所ある。だが、蛭間の部屋は角部屋ではなく、両隣に部屋があった。窓は外に向いた一カ所だけだった。台所にも風呂場にも窓は無かった。玄関と窓以外、出入り出来る場所など無かった。

「自殺でないとなると、密室殺人と言うことになってしまいますね?」

「君は蛭間が誰かに殺されたと考えているのかい?僕の推理が間違っていると言いたいみたいだね」弓月が棘のある言い方をすると、晃が慌てて言った。「あっ、いえ。そう言う訳ではありません。気を悪くしたなら、すいません。弓月さんに倣って、あれこれ事件を推理してみただけです。やっぱり、僕に事件の推理なんて無理です。すいませんでした」

「まあ、いい。実は、ある出版社から事件について本を出さないかと言われているんだ。事件のことを整理するのに、丁度、良かった。他に聞きたいことは無いかい?」

「へぇ~本を出すのですか。弓月さん、益々、有名になりますね。うちに来て頂いたことが、この先、自慢できそうです」

 晃が嬉しそうに言うと、弓月が「うふ」と笑った。

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