リュウケン考
ここでは、北斗神拳の先代伝承者リュウケンの謎に迫ってみたいと思う。
ラオウとトキがリュウケンの養子になった時の話である。
ラオウ、トキ兄弟は幼い時に両親を亡くして孤児になったが、彼らの前に、若き日のリュウケンが現れた。
二人を養子にするため迎えに来たのかと思いきや、リュウケンはいきなり二人を崖から突き落とした!
そして言う。
「わたしが養子の約束をしたのはひとり
ふたりはいらぬ」
「はい上がって来い
はい上がって来たほうを養子としよう!!」
崖の上から二人にそう言い渡して、待っていると、ラオウがはい上がって来た。
・・・と思ったら、ラオウは、負傷したトキを片手で抱えて、片手で崖をはい上がって来たのだ!
「弟と一緒でなくては養子にいかぬ!
トキの面倒はオレが見る!!」
最後の力を振り絞ってそう怒鳴ると、ラオウは力尽きた。
これを見て驚いたリュウケンは、ラオウの意を汲んで、二人とも引き取ることにした。
ー
ラオウ、トキ兄弟が固い絆で結ばれていたことが分かるエピソードだが、この出来事があったのは、ラオウとトキが子供の時、つまり核戦争前である。
核戦争で世界が無法地帯となった後ではなく、
戦争前の平和な時代に子どもを崖から突き落として、問題にならなかったのだろうか。
この件でリュウケンが殺人未遂で逮捕されたという話は聞かないから、問題にならなかったのだろう。
ではなぜ問題にならなかったのか?
その理由のひとつは、この事件について、
いや、北斗神拳の実態について、世間一般に知られていなかったからというのがあるだろう。
北斗神拳は一子相伝、つまり、北斗神拳を使う人は同じ時代に一人しかいないわけだから、その一人が世間的に目立つ活動をせず、静かに暮らしていれば、そのまま北斗神拳は誰にも知られずにすむわけだ。
しかし、北斗神拳は全く誰にも知られていなかったわけではない。
現に修行時代のケンシロウが、南斗の道場へ行って他流試合をしたこともあるぐらいだから、少なくとも南斗聖拳とは交流があったわけで、おそらく、一部の関係者や事情通などには、ある程度知られていたのではないか。
一般には知られていないが、知る人ぞ知る存在、といったところであろうか。
だとすると、北斗神拳を知る一部の人々の間では、さっきの「崖突き落とし」事件は問題にならなかったのだろうか?
ーー北斗神拳の世界は普通と違う特殊な世界だから、そういうこともあるのだろうーー
そう考えて問題視しなかった、としか思えない。
考えてみてほしい。例えば、
「子どもへの体罰は有害なだけで教育的効果は無い」
ーーこれは現代の日本では常識だと思う。
しかし、つい最近まで、それは常識ではなかった。
つい最近までの日本人は、親や先生が子どもを殴るのを、それほど悪いことだと思っていなかった。
勿論良いとは言えないが、場合によっては、それもやむを得ない。
特に体育会系は、普通と違う厳しい世界だから、そういうこともあるだろうーーそう考えて、あまり問題視しなかった。
北斗の拳の世界では、それが現実の日本より極端で、「北斗神拳の世界は普通と違う厳しい世界だから、子どもを崖から突き落とすこともあるのだろう」と考えられていたーー。
この「北斗の拳」という漫画は、図らずも、これが描かれた1980年代の日本を、ある意味戯画化した作品でもあったのだ。




