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第8話 新発田家来襲

 夕方のわりと早い時間にしほさんは我が家にやってきた。ショッピングセンターで別れる際、しほさんは夕食を作るから何も準備しておかなくていいと言ってくれていた。

「勉強あるでしょ」

 そうまで言ってくれたのだ。私はそれに甘え、午後はきっちり勉強できた、というのは嘘だ。SNSを駆使して仲間たちに連絡していた。みな研究や仕事があるからレスポンスは悪い。とくに真美ちゃんが悪い。まあ給料をもらって仕事をしているのに、悠長にプライベートのSNSに反応できるわけがない。

 お昼に状況を知らせたら「承知」とだけきた。


 そのSNSで打ち合わせた結論は、しほさんにだけは本当のことを伝えよう、ということだ。ルドルフが異世界のドラゴンだとはとても信じてもらえるとは思えない。でもこの世界でまだ私達はひよっこもいいところで、就職しているのは真美ちゃん一人、それも新入社員だ。ちゃんとした大人に支援してもらったほうがいいだろうという結論に至っていた。


 もう一つ忙しかったのは、ルドルフにテーブルマナーを教えることだ。昼はハンバーガーだったから良かったが、朝食のスクランブルエッグとかベーコンとか貪るように手づかみで食べていた。北海道の山中ならば問題ないが、さすがに他人の前ではまずい。おやつにお好み焼きを与えて箸で食べさせようとして断念、プリンをスプーンを使って食べさせるのがやっとだった。


 玄関の呼び鈴がなったので玄関を開けると、

「杏ちゃ~ん」

と言って、新発田先生の娘さん、まほちゃんとみほちゃんが私に飛びついてきた。

「ごめん、聖女様のとこ行くって言ったら、絶対行くって聞かなかった」

「あは、大丈夫ですよ。ルドルフと遊んでくれるかな」

「「わ~い!」」

 二人は靴を脱ぎ散らかし、室内に突撃していった。

「しょうがないな、聖女様、ごめんね」

 そう言ったのはなんと、新発田先生ご自身だった。

「しほの話だと、なんか君たちに事情があるんだろうと思ってね。力になるよ」

「ありがとうございます」

 新発田先生は杖をついていた。


 新発田先生はSHELの研究者だが今は休職中である。私が修士の1年の冬、つまり1年半ほど前、脳梗塞で倒れてしまった。SHELの物質・生命科学部門のトップだった先生が倒れてしまったため、その後任として札幌の榊原先生が急遽SHELに移動することになった。榊原先生は修二くんの指導教官だったため、修二くんも東海村に移動することになった。修二くんが居なくなることに耐えられなかった私は、勢いで入籍までやってしまった。

 修二くんが東海村へ移動することになった原因は新発田先生にあるから、先生ご夫妻は私達に道義的責任を感じている。だけど私からしたら、それがきっかけでゴールインしたのだから恩を感じている。そもそも病気なんて、誰が悪いわけでもない。(中性子関連では、トップクラスの人が複数人在任中に倒れている。激務ゆえと言われているが、私の立場でこれ以上どうこうは言えない)


 そんなわけで私たち夫婦は、新発田先生のお家とはとても親しくさせてもらっている。結婚式をするとしたら、仲人は新発田先生にお願いする以外考えられない。その新発田先生がおっしゃる。

「あの子、ルドルフくんだっけ、事情を話してくれるかな」

「話します。話しますが、仲間たちもネット会議に呼んであるので、全員が揃った段階でお話します」

「君と唐沢くん二人の問題ではないのだね」

「はい、仲間8人と関係のある話なので」

「そっか、じゃ、それまで最近の研究の話聞かせてよ」

 私は最近やっている、三角格子反強磁性体のシミュレーションについて話した。


 反強磁性体とは、隣り合う原子の磁石のむきが逆向きになろうとする物質である。多くの物質で原子が四角形に並ぶ。この場合、一番近い原子どうしが反対向きになればエネルギー的に安定する。しかし原子が三角形に並ぶ場合、一番近い原子どうしが反対向きにはなれない。かならず同じ向きになる原子が出てしまう。すると同じ向きの原子同士では不安定になってしまう。これをフラストレーションというが、このふるまいは長いこと興味をもたれている。

「先行研究はいろいろありますけど、私としては磁性原子を思いっきり少なくして、有限の大きさのクラスターの振る舞いと、数値計算の比較がやりたいんです」

「なるほどね」

「磁性原子の濃度による相転移とか、調べてみたいんですよね」

「実験的には、クラスターの大きさのばらつきが問題になるだろうね」

「そうなんです。希釈しすぎるとこんどは信号も弱くなりそうで」


 つい物理の話に熱中していたら、まほちゃんがやってきた。

「杏ちゃんのパソコン、使っていい?」

 まほちゃん達はすでに修二くんのパソコンを立ち上げ、ルドルフと遊んでいた。

「いいけど、なにするの」

「あのね、対戦するの」

「対戦って、なんのゲーム?」

「「戦車!」」


 まほちゃんとみほちゃんは慣れた手つきで私達のパソコンを操り、戦車のゲームを始めた。やりながらルドルフにいろいろと説明している。

「だいたいわかった。僕やってみる」

 ルドルフは次々と敵戦車を撃破し始めた。

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