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第32話 飛び級

 北海道滞在から帰った私達は、いつ向こうの世界に戻ってもいいように勉強を始めた。ルドルフに自由な空を飛んでほしいという私と修二くんの願いは、みんなに抵抗もなく受け入れてもらえた。

 

 向こうの世界の科学はこちらに比べ大幅に遅れている。便利な魔法があるため科学技術を進歩させることを怠っている。ただその分魔法の研究はかなりすすんでいるようだった。じつはそこに私がもう一度あちらへ行きたい理由が隠れている。


 ルドルフはかつて私に、こちらでは私をのぞいてみんな魔力が殆ど無いと言っていた。私だけ少し魔力が残っていて、それが聖女効果の原因になっているという。ならば向こうの世界に行って魔力の使い方を身につければ、こちらの世界での聖女効果もコントロールできるかもしれない。

 向こうの世界の発展に貢献し、こちらの世界で私も実験物理に参加できるようになればもう言うことはない。


 向こうの世界に行ってこちらに帰ってきたとき、こちらの世界では全く時間が進んでいなかった。だから再び向こうへ行っても、私達の結婚式の夜にもどるだろう。

 向こうの世界で女子大は2期生の選考を終えたばかりだった。1期生・2期生をしっかり教育し女子大が軌道に乗れば、ネリスも待望の女子大生生活を始められるしマルスと結婚生活を送れる。こっちの真美ちゃんとカサドンは遠距離だから喜ぶだろう。のぞみと明くんは同棲中、優花と健太くんは同じ学校へ通学している。ということは向こうの世界にもどって一番嬉しいのは真美ちゃんだろう。


 そんな真美ちゃんには鉄鋼・金属関係の勉強をお願いした。医療系の知識もたくさんあったが、勤め人の真美ちゃんにそこまで要求するのは厳しそうで、そのあたりはのぞみに任せた。超強磁場の研究をしている優花は電気関係、化学関係全般は高分子を専門とする健太くんに任せるしか無い。修二くんには機械工学、私・明くん・カサドンは天文学と相対論に力をそそぐ。ただし全員共通に高校レベルの物理・化学・生物・地学の習得は義務付けた。


 このようにいずれノルトラントにもどることを前提として勉強を始めたのだが、私を含め全員、そんなにその勉強の時間が取れるわけではない。真美ちゃんをのぞいて残り7人は博士課程の大学院生であるから、余裕は無い。博士号の取得ができなくなったっら元も子もないし、とれたところでその次の就職の問題もある。勤め人の真美ちゃんも職場では新人だから、勤務時間外に勉強することも多いだろう。


 さらに付け加えて秋の学会、私と修二くんはSHELの一般公開の準備という仕事もある。


 今回の学会は、私は三角格子反強磁性体の数値計算、修二くんはチョッパー分光器の改良を発表する予定である。修二くんが準備しているのをちょこっと見せてもったことがある。今回の改良により短い時間で測定ができるようになるのだが、その実例として挙げられているサンプルが超伝導体でないのにちょっとがっかりした。そのことを朝食のトーストを食べながらもラスト修二くんは言った。

「何言ってんの、超伝導はこんなお試しの測定じゃなくて、きちっとやって僕らの業績にするんだよ」

 修二くんの説明には納得するしか無かった。「僕ら」というところに愛を感じる。

「だけどさ修二くん、D論は分光器でいくの?」

 D論とは博士論文のことである。

「う~ん、本心としては強相関系の実験で行きたいんだけどね。だけど技術面もいろいろ面白いんだよ」

「そっか、そういう経験は今後の研究で役に立つだろうしね」

 工学的な経験をつむことがノルトラントでも役に立つだろうことは私も修二くんも口にはしない。

「それより杏の学会準備は順調なの?」

「どっかで妥協すればすぐ終わるんだけどね、パラメータとか弄りだすとキリがなくてね」

「ははは、ありがちだな」

「宮崎先生にもそろそろ怒られそう」

「だけどさ杏、それこそ杏のD論は低次元反強磁性体で行くの?」

「いや、なにがなんでも超伝導」

「愚問だった」

「ていうよりさ、今やっている数値計算は2次元性物質じゃん」

 2次元性とは、磁性を担う原子が面上にならんでいると言う意味だ。

「これの経験が高温超電導でも活かせないかなって考えてる」

 高温超伝導体もまた、物質の構造自体2次元性が高い。

「つまり杏は、ただでは起きてこないと」

「転んでないけどね」


 気がつくとルドルフのお皿が空になっていた。ルドルフはトーストを私達の倍は食べるのだ。

「ごめん、ルドルフ、まだパン焼く?」

「はは、なんか会話に割り込めなくて。僕も物理勉強したい」

 私はふと思いついた。

「修二くん、博士号とったら韓国かアメリカ行こう」

「へ、なんで?」

「飛び級がある」

「あ、なるほど」

 ルドルフが割り込んできた。

「パパ、ママ、どういうこと?」

 修二くんが説明を始めた。

「あのねルドルフ、日本だとどんなにお勉強ができても、学校はみんな同じ年数いかなきゃいけないんだよ」

「そうなの?」

「うん、だから僕達と同じ勉強をするのに20年近くかかる」

「20年は長いね」

「だけど国によっては優秀ならどんどん、先の学年に進めるんだよ」

「それ、いいね!」

「だろ、ルドルフ、英語も勉強するか?」

「うん!」

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