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第1話 ニュース

 ぼくにはママが5人いる。本当のママは、ぼくが卵から孵る前に死んでしまった。


 あの日ママの一人はパパと結婚した。その夜ぼくは、パパとママを背中に乗せて飛んだ。上にも下にも星空が広がり地面が無い不思議な空だった。

 

 僕はママが指差す真っ黒い穴に飛び込んだ。




 私は唐沢杏、大学院大学の博士後期課程の1年目、いわゆるD1である。大学院大学は全国の研究所に院生を送り込んでいて、私は茨城県は東海村にある超高エネルギー物理学研究所(略称SHEL)に席を置かせてもらっている。ここの研究者の大半は、加速器を用いた実験か加速器そのものの研究をやっている。数少ない理論物理学専門の研究者も、ほとんどは原子核関連である。私の専門は理論物理学でも物性論という分野であり、低次元性磁性体とか高温超伝導現象とかであり、少数派のなかでも少数派だ。指導教官は運良くというかなんというか、大学4年生のときに扶桑女子大でお世話になった宮崎先生が、SHELに教授として赴任してきたのでお願いしている。

 なんか半分出戻りみたいである。


 私はD1という身分でありながら、もう結婚している。配偶者は唐沢修二くんだ。修二くんとは大学のとき合コンで出会い、彼は大学院進学時に東京から札幌に私を追いかけてきてくれたのだ。大学院の1年目の冬、私と修二くんは籍を入れた。修二くんは修士の2年目を札幌でなく、東海村で過ごすことになってしまった。そのことがわかったとき、私達はまだ付き合い始めてもいなかったが、とてもではないが別々の人生を歩むなど考えられず、強引に入籍まで押し切った。それでも1年間は私は札幌、修二くんは東海村という別居生活を強いられた。


 修士号をとり、二人揃って大学院大学のD1となり、ようやく本当の新婚生活を東海村で送り始めたところである。


 しかしながら1年間の別居生活の期間中に、私と修二くんは異世界で盛大な、それはそれは盛大な結婚式をやった。結婚式をやったその日の夜、こっちの世界に舞い戻ってきてしまったのである。そしてあっちの世界から返ってきたあと、私たちは何事もなかったかのように普通に研究生活をし、修士課程を無事卒業した。


 異世界に行って帰ってきたのは私達二人だけではない。現在の所属で言うと、札幌国立大学の緒方のぞみ、岩田明、笠井智樹カサドン、帝大の柏にいる木下優花、村岡健太、そして千葉の鉄鋼メーカーに就職した恩田真美の6人もそうだ。この8人で向こうの世界でがんばってきたのだが、私の結婚式の夜に、突然こっちにもどってきてしまった。


 あれから2ヶ月かがたち、私は初夏の東海村で修二くんと朝食をとっている。


 今修二くんはSHELの中性子散乱分光器で実験中で、眠そうな顔をしながらトーストを食べている。ゴールデンウィーク中のセールでホットサンドメーカーを買った私は、最近ホットサンドに凝っている。いちばんおいしいと思うのはポテトサンドをはさんだものだが、時間のないときはチューブに入って売っているツナマヨを具にする。8枚切りのパンにはさんで焼くと、無理なく焼ける。ダークローストのコーヒーと一緒に私は朝食を楽しんでいるのだが、修二くんは寝ぼけ眼でぼんやりと食べている。

「修二くん、もうちょっと寝る?」

「ん、いや、9時に窒素入れないといけないから無理」

「そう、せめて車ん中で寝なよ」

「そうする」

「窒素は充分にあるの?」

「いや、昨日130リットルのストレージ使い切ったから、今朝汲まないとだめ」

「じゃ、そろそろ行かないとだね」


 SHELは陽子を光速近くまで加速して行う複合実験施設で、修二くんはその中でも物質・生命科学研究所(Materials and Life science Laboratory 略称MLL)と言うところで実験している。修二くんの使っている分光器は、実験中分光器全体を液体窒素で冷却している。私はよくわからないのだけれど、とにかくこれに一日2回、液体窒素を注ぎ足さないといけない。研究所内で液体窒素を供給する部署があるのだが、ここで130リットルの液体窒素タンクに詰めてもらい、ゴロゴロその容器を押して中性子実験施設内に持ち込んで使用する。修二くんの言っているのは、分光器に注ぎ足す液体窒素を昨日のうちに使い切ってしまったので、今朝それをもらうところからやらないといけないということだ。


 東海村は車社会で、うちには修二くんの軽と私の車の2台がある。燃費・維持費の問題から、通学には修二くんの軽に二人で乗っていく。修二くんも運転は嫌いな方ではないのだけれど、修二くんの実験中はこんな感じなので私が運転する。あと実験が深夜に及ぶ場合、私が迎えに行ったりする。昨日も零時前に迎えに行った。

 車を出したら修二くんは即寝した。


 ときどき信号にひっかかりながらもSHELにたどり着く。いつものように守衛さんに通行証を見せ、構内は制限速度厳守で走る。修二くんを実験施設の前で落とし、私は来た道をもどって居室のある別の建物に行く。駐車場に車を置いて、居室に向かう。

 東海村での生活を初めて思うのは、札幌はつくづく都会だったということだ。川崎出身の私にしてみれば札幌国立大学の敷地は無駄なくらいに広く感じられた。しかし東海村のSHELはそれを軽くしのぐ。札幌国立大の駐車場から建物に入るのには1分もかからないから多少の雨ならダッシュで大丈夫だ。しかしここでは、運が悪いと建物につくまでにしっかり濡れてしまうくらいの距離がある。

 そして建物内に人が少ない。めったに廊下で人に出会わない。大学生がいないからだ。ごくわずか大学院大学の院生が、最若手となる。

 居室は宮崎先生と二人で使っている。部屋の広さは国立大学からするとかなりせまい。しかしせまくとも一部屋をたった二人で使うので、一人あたりの専有面積は札幌国立大学より広い。その居室には鍵がかかっていたので、宮崎先生より私のほうが早く着いてしまったことになる。

 荷物を置き、電気ポットに水を入れてPCを起動する。机の前にすわるとスマホのSNSに着信していた。


「聖女様、ニュース見てますか?」

 カサドンだった。久しぶりにカサドンから来てた。私なんかより真美ちゃんにしろよと考えながら、

「見てない」

と返す。するとすぐに、

「なんでもいいから北海道関係のニュースを見てください」

と来た。ネットの動画サイトのテレビニュース、それも北海道の局のを見てみた。


 そこには北海道で、龍が複数回目撃されたと報道されていた。

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