憩いの場②
その紙に見覚えはない?とスレイは尋ねる。
私は首を横に降ると、そうですか。とつぶやいて一瞬現れた少年の顔はいつもの顔に戻ってしまった。
私には分からないことが多い。この体はフレイシアそのものだが、中身は橘霞だ。フレイシアの過去なんてゲームのシナリオ内でしかわからない。
昨日から会う人々に覚えてない顔をすると驚かれるのが少しストレスだった。
普段はこんなこと言わないのに咄嗟に
「私は私じゃないから何も分からないわよ!!」
と大声をあげ部屋を飛び出した。
走って走って息がきれそうな時、
ドンッ
誰かにぶつかった。
「だ、大丈夫?レイ!?」
痛めた鼻を擦りながら上を見上げると、心配そうに覗き込むキャルがいた。
キャルを見ると緩んでいた涙腺が切れ、涙がボロボロこぼれ落ちる。
ワタワタと焦るキャルを横目に私は必死にこぼれ落ちる雫を止めようとしていた。
「そんなにさすったら目を痛めてしまうよ。」
私の両腕を掴み眉を下げこちらをみている。
キャルは君にはいつあっても驚かされるよ。と目尻も下げながら言ってのける。
また何かあったの?と聞かれ返答に困っていると、
「お嬢様!」
遠くからスレイの声が聞こえた。
私の顔は一瞬強ばり慌てて後ろを振り返る。
それを見てキャルは何を察したのか
「ごめん!!」
といい私をお姫様抱っこし走り出す。
いきなりの事に驚いて涙は引っ込んだ。
それを見たキャルは笑いながら、このまま城内を探索だ!といい階段を駆け下りていく。
私もそんなキャルにつられ、あはははと笑いながら頬に着いた涙を拭い、ありがとう。と呟くとキャルもお安い御用さ!と私に笑顔を向ける。
途中で私を下ろし、2人で城を歩いているとこの前の中庭についた。
キャルは私にちょっとまっててねと言うと、木に登りオレンジのような果物を差し出す。
すっかりお腹がすいていたので、キャルから果物を貰うと齧り付く。
キャルは木の上に登りながらいい食べっぷりだねとニコニコと微笑んでいる。
私は少し恥ずかしくなって、木に寄りかかりキャルから表情が見えないようにした。
キャルは不思議な青年だ。ニコニコと微笑みかけてくれて、まるでお日様のような人だった。
悲しい気持ちもフレイシアでは無い自分への葛藤もキャルのそばに居るとそんな気持ちが吹き飛んでしまう。
〔こんなにも心地良いのは私があなたを知らないからなのかしら。〕
同じように果物を齧るキャルをそっと見ながらそんなことを考えた。
キャラクターとして認知していない彼といるとゲームの中にいる感覚から逃れられる。
不安だったのかもしれない。
最終的には死しかないキャラクターに成り代わってしまった自分。橘霞を消化しきれないまま橘霞の人生初幕を閉じてしまった。
それでも私は生きることを諦められない。
フレイシアにどんな運命が待っていようと私は生きていたい。
「あまり考え込むなよ。」
ぐしゃっと私の頭を撫で、片方の手で果物を持ちながらなんでもないよう軽くにキャルは言ってのける。
その適当さに私は少し心が軽くなった。
「うん。」
と返事をし。木漏れ日の下でキャルの下手くそな鼻歌を聴きいていた。