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8:名前

「赤ずきん?嘘つくならもう少しまともな嘘つけ」


男にそう言われた。

嘘、と言われると些か心外ではある。けど間違いではない。何と言えばいいのか分からず複雑な顔をしたわたしをみてこう続ける。


「で?本当の名前は?」

「・・・名乗っちゃダメって言われてるの。()()()()()に何されるかわからないからって」


そう。これは幼いころから言い聞かせられてきた事。知らない人と関わってはいけない。もし話しかけられても決して名前を名乗ってはいけない。と。

そして母や叔母はいつしかわたしを赤ずきんと呼ぶようになった。

理由を聞いた事はなかった。ふたりはとても心配性だなと思ったけど、それはわたしを大切にしてくれていると、守るためだと思っていた。だからこそそんな母たちの想いに感謝し、言いつけをしっかりと守ってきた。

そんな事を果たして説明していいものなのか分からない。それに、いままで赤ずきんと呼ばれていたから。名前を呼ばれてもなんとなく違和感がある。

だからこそわたしのことは赤ずきんと呼んでほしい。


「・・・過保護にも程があんだろ?普通じゃねぇよ。」


上手く説明できないわたしに痺れを切らしたのか男はそう言った。

過保護。と言われればそうだと思う。

けどわたしもさっぱり理由を知らないからなんとも言えないのだ。

けど、それでも名前と言う話題でひとつ気になった事がある。


「そういえばわたしもあなたの名前知らない」


そうわたしたちは今日知り合ったばかりで、お互いの名前すらなにも知らずにいる。

流れでこんなところまで一緒にいたけど、少し落ち着いた今、ここまでしてくれる男の事を知りたいと思った。


「あー。俺に名前なんてねぇよ。」


人のことを散々言っておいてこの答えだ。名前がない。それこそ普通じゃないのではないか。


「じゃああなたのことなんて呼べばいいの?」

「・・・好きに呼びな。」


男は無表情のまま言った。本当にこの人はよく分からない。耳のことも名前の事も、わたしのことを言えないのではないかと心からそう思った。


好きに呼べ。と言われてもすごく困る。うーん。としばらく悩むわたしを興味なさげに見る男を観察する。黒い髪に黒い瞳。切れ長のそれでいて綺麗な目元。なによりも特徴的な耳。

咄嗟にわたしの頭に浮かんだのはこの言葉だった。


「ウルフ?」

その言葉を聞いた男は鼻で笑った。


「見たまんまじゃねぇか。」

だってそれ以外思い浮かばないんだから仕方ない。

そう自分に言い聞かせた。やはり呼べる名前はあったほうが良いと思うから。

そんなことを考えていたらウルフが口を開いた。


「お前の事はなんて呼べばいいんだ?赤ずきんは却下な」


先手を打たれて言葉に詰まる。どうして赤ずきんと呼んでくれないのか。逆に聞きたいくらいだ。


「好きに呼んでいいよ。」


同じ言葉を返した。ウルフはどう返すのか少しだけ気になったからだ。

めんどくさそうな顔を隠さずにする。何でそんな顔する?と思いながらも何も言わずにいた。

しばしの沈黙のあとウルフは言った。


「リリー。純粋なお前にはぴったりだろ。」


そう言われた名前はわたしが思っているよりもっとしっかりとした、それでいてキレイな名前だった。

びっくりして思わずウルフを見ているとなんか文句あんのか?とでも言いそうな顔をされた。


「て事で目立つからそれ明日から使うなよ。」

そう言いながら指差した先にはわたしの赤ずきんがあった。

少し不満そうな顔をしたわたしを横目にウルフは何かをわたしに投げてきた。

びっくりして上手く受け止めれず半分顔でキャッチしたわたしを横目に言葉を続ける。


「大切なんだったらせめてそれにしまっとけ。」


それは肩からかけれるカバンだった。ある程度の荷物ならこれで十分すぎるしっかりとした作りのもの。いつの間に用意したのか。頭に疑問が沢山浮かぶ。


「明日起きた時それ着てたら破り捨てる」

「それだけはだめ!」


真顔でそう言うウルフに咄嗟に返した。だったらしまっとけ。そう言いながら立ち上がり歩く姿を見ながらわたしは大切な赤ずきんを抱きしめた。

ウルフならほんとにやりかねない。一緒いる時間は短いけれどそれだけは分かった。


恨めしそうにウルフを見るわたしを気に求めず彼は扉の方へ進む。わたしは思わずどこ行くの?と言った。ひとりになるのが怖かったから。そんなわたしの言葉を聞いてウルフは立ち止まった。


「朝まで一緒にいたいのか?」

そう言いながら離れた距離を縮めてくる。


「男とふたりきりで一夜過ごすなんて随分大胆だな」

言葉の意味は理解できなかった。ただ、あまり良い意味ではないことだけわかった。


距離を詰めてくるウルフと咄嗟に距離を離そうとするわたし。

次第に壁に追いやられ、逃げる場所がなくなってしまったわたしはどうすればいいのか分からずあたふたとしているだけだった。


「だから言っただろ。この先痛い目に遭うぞって」


壁とウルフに挟まれどうしようもなくなったわたしを見下ろしそう言った。

真っ直ぐにわたしの瞳を見つめられ、伸びてきた手はわたしの頬に触れる。

そしてウルフはゆっくりと顔を近づけてきた。目を逸らすこともできず、ただなすがままのわたしの耳元に唇を近づけてきた。


「狼に襲われたくなければここでいい子にしてな」


そう言いわたしの頭を手のひらでぽんと軽く叩く。その時になって初めてわたしはウルフに意地悪されたことに気づいた。

恥ずかしさで赤くなっている顔でウルフを小さく睨む。人を睨むだなんて初めてした。


「んな顔で睨まれても怖くねぇよ。」


意地悪そうに笑ったウルフは再び扉の前まで行き、朝また来る。と言い残し部屋から出ていった。


ウルフにからかわれて遊ばれている。

無知なこと、知らないことが多すぎるせいなんだろう。わたしはおもちゃじゃない。そう思いすこしむっとしながらベッドへ向かう。


今日一日色々な事が目まぐるしく起こった。

どれだけ長い一日だったのだろうか。今後どうすれば良いのか。

ひとりになった途端いい知れぬ不安とおばあちゃんを失った悲しみ、母のいない孤独感が胸を支配する。

眠らなきゃ。そう自分に言い聞かせわたしは目を閉じた。

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