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6:崩壊

今日何度目の違和感だろう。そんな事を頭の隅に思い浮かべていた。いつもと違うことが起きすぎて最早いつもどう過ごしていたのかさえ忘れてしまいそうな、そんな1日だ。


知らない男に手を引かれながら我が家への道を進んでいる。これはわたしへの罰なのだろうか。

お母さんやおばあちゃんに言われた人と関わってはいけない。という約束を破ってしまったことへの。

もしそうだとしたらなんて残酷なのだろう。わたしが何かをしたというならばわたしに直接罰を与えれば良いのに。神さまはそれすらしてくれないの?

ぐちゃぐちゃなわたしの頭はもうよく分からないことを考えていた。


無言のまま突き進んだ道の先にわたしの家が見えてきた。

少しの安堵感と緊張感。相反するふたつの感情を抱きながらわたしは慣れた手つきでドアノブを握る。



・・・手が震えた。わたしには分かる。いつものこの時間なら母が料理を作る匂いや音がする。煙突からでる煙はわたしに帰っておいでというかのように空を揺蕩っている。

はずなのだ。()()()()()。それなのに今日に限ってそれがなにもない。

お願いだから今日だけは普通であって欲しかった。再び溢れそうになる涙を堪えながらわたしは扉を開いた。



しーーんと静まり返った我が家。今日家を出た時と何も変わらない光景が目の前には広がっていた。

唯一変わったことと言えばそこに最愛の母がいないことだろう。

家の中を慌てて探す。どうして?なんで?そんな焦りが身体を突き動かす。

母の部屋やわたしの部屋どこにも姿はない。家を飛び出し周りも探し、もう一度部屋を探す。

知らない人がみれば滑稽だろう。何度も同じところを行き来し震える声で母を呼ぶわたしの姿は。

もう何度確認したかも分からない。乱暴な探し方をしたせいで少しだけ荒れてしまった部屋で立ち尽くした。

とてつもない孤独感と恐怖に身体が支配された。わたしの大好きな2人がいなくなってしまっているのだ。

もう許してほしい。もうわたしから何も奪わないで・・・。

心から神さまにお願いすれば返してくれるのだろうか。大好きな2人を。


「ごめん、なざい・・わだじが、わるいごだっだなら、わだじに罰をあだえでよぉ。・・・おがあざんと、おばぁぢゃんをかえじでぇ」


子供のように泣きじゃくりながら紡いだ言葉は本当に幼く、それでいて心からの本音だった。

返して。返して。返して・・・

壊れたオルゴールのように何度も同じ言葉を続けるしかできない。


その場に立ち尽くしただ何もできずに泣くことしか出来なかった。


ふとわたしの頭に誰かが触れた。

そのままわたしの身体は引き寄せられる。されるがままのわたしは引き寄せた男の腕の中にすっぽりと収まっている。

男は強くわたしを抱きしめてくれた。どうしてそんな事するのか分からなかったが大好きな人が居なくなり、孤独と恐怖に苛まれたこの時においては、その温もりが、わたしを抱きしめる腕がどうしようもなく嬉しかった。


男の腕は微かに震えていた。痛いほど強くわたしを抱きしめながら頭を撫ぜる。思わずわたしは自身の腕を男の背中に回す。しがみついていないと耐えられない。どうしようもないほどの心の痛み、苦しみに壊れてしまいそうだった。


「お前、これからどうすんの?」


小さくけどはっきりとしたその声が耳に入る。

これからどうすればいいんだろう。どうしてこんなことになってしまったのだろう。

大切な人を失った今どう生きていけばいいのだろう。


「知りたい。どうしてこんなことになったのか。誰がこんなことしたのか。知らなきゃいけない」


失意の中思考を巡らせる。訳の分からない事ばかりが起こっている中でわたしがいま一番知らたいのはそこだった。

どうしておばあちゃんは殺されたのか。お母さんはいなくなったのか。

誰が何のためにこんなことをしているのか。

知らなきゃいけないと思った。知らなければこの先わたしは笑って生きていけない気がした。


「知らなかった方がいい事もこの世にはある。お前はそれでも知らたいのか?」

「知りたい。この先知った事で後悔したとしても。そうしなきゃ、わたしは、今のわたしは、生きていく事が苦しい。何かしなきゃ壊れちゃいそうなの」


涙の溜まった瞳で男を見つめる。男の表情はどこか暗い。正直なにを考えているのかわたしには分からない。けどそれでもこの人がいなければ、ひとりぼっちだったら、わたしはもうとっくに心が壊れてたと思うから。だからこの人が何故こんなにもわたしの面倒を見てくれてるのかなんて考えないことにした。


「そうか。」


小さく呟いたその人はわたしの手をとり歩き出す。

どこにいくの?と言ったわたしに振り返る事なく返事をしてきた。


「町にいく。森の中にまだ犯人がいるかもしれねぇし、それに町に行けばもしかしたらお前の母親がいるかもしれねぇ。探してみる価値はあるんじゃないか?」


そうか。そうだった。

母は時折町に降りる。生活するのに必要なものを揃えたりするために。

けどいつも町に降りるときは必ず知らせてくれるのに今日に限ってなにも言われていない。

だから、町に母がいる可能性は少ない。けど、それでも、姿が見えないだけで死んでなんかいない。

そう信じたくて仕方なかった。けど。


「けど、町は悪い人たちが沢山いて危険だから行っちゃだめってお母さん言ってた。」


また母との約束を破ることが少し怖かった。

偶然だと思うけど、今日一日おかしな事ばかり起こるきっかけは母とおばあちゃんのいいつけを破った事が始まりだった。

また悪い事が起きるんじゃないかって、そんな不安が頭をよぎる。


「悪い人、ねぇ。ま、確かにいるのはいるけど。けど今はこの森ん中も対して変わんねぇだろ」


それはそうだ。この森の中も悪い人がいる。それは事実だった。

わたしは男に何も言い返せないでいた。そんなわたしを横目に男は続けた。


「知りたいんだろ?だったら自分の足で見てみるしかない。森の中に引き篭もって何か分かんの?」


その言葉がわたしに突き刺さる。そうだ。もうわたしは子供じゃない。知りたいなら行かなきゃいけない。自分の目で確かめなきゃ。


自分の中で決意を固めた。それを見ていた男がふっと小さく笑う。


「ま、これも何かの縁だ。付き合ってやるよ。()()()()()()無知なお姫さま。」


すこし嫌な言い方をしてその男はわたしの手を握った。

見上げた男の顔は言葉とは裏腹に少し悲しそうだった。


こうしてわたしは生まれて初めての町に行くことになった。

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