12:殺意
お世辞にもキレイとは言えない風貌の男たち。ひとりは今にも折れてしまいそうなくらいの細身で丸まった背中、黒く長い髪、細い目から微かにエメラルドの瞳が見えるのが特徴的だった。
そんな男と正反対な大柄で短く刈り上げ茶髪、吊り上がった目は見るもの全てを射殺さんばかりに鋭く目が合うだけで心臓が痛くなりそうだった。
「こんなとこまでわざわざ来て、あんたらもしかして暇?」
皮肉のような言葉を投げかける。男たちとウルフの間にいたわたしは前後ろと交互に視線を向ける。
そんなわたしなど眼中にないのか言葉を続けていく。
「奴さんなんか言ってんぜ?」
「まあまあ殺される前に足掻きたくなるんじゃないですかねぇ」
「怖いのを強がって抑えてるんだなぁ。まあその度胸は評価してやるぜ」
「度胸だけですけどね」
余裕の表情を浮かべた男たちが言った。
ウルフは何も言い返さず無言だった。
「おいおい強がりの言葉さえでなくなっちまったか?」
「怖いでちか?きししししっ。素直に言えば痛くないようにするですよ?」
「怖がった顔を見ながらヤンのが楽しんだろーが。生意気な顔が歪むのが早くみてぇ」
「あなたは相変わらず野蛮ですねぇ。」
もはやふたりの世界のように会話を進めていく。
ひどい猫背のように背中を丸めながら独特な笑い方をする男と不意に目が合う。
「お前は狼男のなんなんですかねぇ」
ニヤニヤとした笑みを浮かべながら言う。細身の男の目の奥は笑っていない。それがより彼の不気味さを増している。わたしはウルフのなんなのか。そう問われても咄嗟に答えられなかった。
「リリーこっちこい」
呼ばれ慣れない名前。そのため少し反応が遅れた。その言葉を聞いて咄嗟にウルフの方を見る。わたしに手を差し伸べるウルフは奥にいる男たちをしっかりと見ながらわたしにそう言った。
有無を言わさないような雰囲気。いつもと別人かと思うくらいウルフは殺気立っている。それもそうなんだろう。男たちはウルフを殺すつもりでいるんだから。
ウルフのそばに駆け寄ろうと足を動かした途端、真後ろに気配を感じる。本能で危機を感じる。
後ろを振り返ろうとした途端腕を引かれる。どんっと何かにぶつかる感触。真っ暗になる視界。わたしの身体に温かい腕が回る。
「女を背後から狙うなんてだせぇな」
「警戒心の欠片もねぇガキ連れて何言ってやがる」
わたしの頭の上で繰り広げられる会話。ウルフがわたしを守ってくれたのだけはわかる。身体を少し引き何があったかと小さな視野で周りを見る。わたしを挟んでウルフと大柄な男が向かい合っている。
大柄な男の腕には鋭く磨かれた斧。その刃はわたしの頭に向けられていた。そして男の腕を掴み振り下ろされる事を止めるウルフの手。
わたし、死ぬ所だった?理解した瞬間恐怖が押し寄せる。身体が震える。何も言えず恐怖を宿した表情をしていると大柄な男が言った。
「女ぁ、いい表情すんじゃねぇか!たまんねぇな!!!」
舌なめずりする男の表情は狂気に満ちている。
こわい、こわい、こわい。頭が真っ白になった。
「俺を見ろ」
わたしの耳元でこの状態にそぐわない程の優しい声が聞こえる。ウルフはわたしがまっすぐわたしを見つめる。その瞳を見つめ返すとウルフはふっと小さく笑って続けた。
「大丈夫」
たった一言。たったそれだけなのに、その言葉を聞いた瞬間恐怖が少し和らいだ。ウルフの声が体温が笑った顔がわたしを安心させてくれる。
少し落ち着いたわたしから視線を外し目の前の男を睨む。
「手配書で殺すよう書いてんのは俺だろ?俺が女に見えるくらい残念な頭してんのか?」
挑発的な言葉だった。その言葉に動じる事なく大柄な男は飄々としている。
「お前をヤる前に女殺した方がダメージデカそうだからなぁ?澄ました顔歪ませんのみてぇだろ?」
「悪趣味なやつ。お前モテねぇだろ?」
「残念。俺はそこそこモテる」
「恐怖で支配するんはモテるとは言わねぇぞ」
言葉でのやりとりが途切れる事なく紡がれる。
その間にさりげなくわたしをウルフの背中に隠す。怖くてウルフの服をギュッと握る。
「そろそろお喋りは終わりですぇ。夜になる前にカタァつけやしょう」
細身の男が言う。これから始まる事がわたしにだって予想できる。殺される。まだ何もわかってないのに。そんなの嫌。
そう思ってはいてもこの場で1番無力なのは多分わたし。その事実は変えられない。
何もできずにいることがこんなにも苦しい事だとは思わなかった。