第37話 信じないとね
数ヵ月ぶりの病院、久しぶりに診察室に入る。ドアを横に開けるだけなのだが緊張してしまう。
「こんにちは。こちらにおかけください」
私たち3人がイスに腰をかけると、診察が始まった。私は今まで起こった進吾の症状などを一つ一つ伝えていった。その間、医者は静かにうなずいて聞いていた。一通り説明し終わると、医者が話し始めた。
「症状が進行してきていますね。薬や治療で進行を遅らせることもできますがどうなさいますか?」
そこで旦那が冷静に医者に尋ねる。
「もし治療を受ける場合、具体的にどのような治療になりますか?」
医師は進吾を一度見た後、パソコンを確認しながら答える。
「まず今回の治療は、がんの症状を遅らせて、進吾さんの負担を軽くすることが目的です」
医師はパソコンの画面を見せながら、そのまま続けて説明をする。
「基本的には薬で免疫を強めながら、肉体的にも精神的にも進吾さんのケアをする予定です。副作用も他の方法と比べて比較的少なく、ご本人様の負担もそこまでないのが特徴ですね」
そして説明を受けた旦那が私たちの気になっていることを医者に聞いてくれた。
「もし治療を受けたとして、入院中に1日だけでも外出というのはできますか?」
「そうですね。可能ではあるのですが、進吾さんの体調が安定していればですが……」
医者は間をおいて、少しためらう様子を見せながらも私たちに話した。
「ただ少なくとも、今まで通りに外出ができるかと言われますと、非常に難しいかと思います」
「具体的にどのような状態になるんですか?」
「そうですね……」
沈黙をした後、説明し始める。
「仮に外出を今から3週間後としますと、筋力や体力が既に低下してきて外出する際には基本車イスでの移動になるかと思います。また食事や水分も摂らなくなってきてしまうため、こまめな水分補給や体調管理が必要になってきます」
説明を受けた後、診察室内に重々しい空気が漂う。
「どうする?進吾はやって大丈夫なの?」
進吾の方を見ると静かに下を向いて話を聞いていた。きっと話を聞いて少し億劫になってしまったのだろう。進吾は話を聞いて考えた後が、答えは変わらなかった。
「やってみたい」
「それではお願いします」
翌日から治療が開始された。病室のベッドで寝ながら薬やリハビリなどをすることになった。
「進吾、これから一緒に頑張ろうね」
進吾の手を強く握った。進吾は小さくうなずいた。
「そうだ進吾、これも忘れずに持っときな?」
私はカバンからあるものを手渡した。それはがん封じのお守りとおみくじだ。
「きっと体調良くなって水族館行けるからね」
「うん!がんばる」
進吾は大切そうに受け取り、ずっと手の中に持っていた。お守りを見つめ、思いついた様に進吾が言う。
「そういえばおねがいがあるんだけど……」
「ん?なに?」
優しく聞き返し、進吾のお願いを聞いた。
夜になって進吾のいない家に旦那と2人で帰ってきた。電気を点け、部屋を明るくしても依然として家の空気は重かった。
「とりあえずご飯作るね」
そう言って台所へと向かう。時間や気持ちに余裕がなかったため、その日は簡単なもので済ませた。食事を終え、食器を片した後、私と旦那はテーブルで話していた。テーブルにはコーヒの入ったハシビロコウのマグカップとネコのマグカップが置かれている。
「進吾、大丈夫かな……」
私はボソッと不安を呟いてしまった。
「お守りもあって緩和ケアもしてくれるから大丈夫だよ」
こんなに前向きなことを言っている旦那も、内心穏やかではないのだろう。先ほどからスマホを開いては閉じてを繰り返したりと、落ち着かない様子だ。
「そうね。信じないとね」
自分にも旦那にも落ち着かせるように言う。話は変わって水族館の話になった。
「そういえば水族館どこ行くとか決めてるんだっけ?」
「まだ決めてないんだよね。やっぱり近場が良いよね?」
「片道1時間ぐらいだったら大丈夫だと思うけど」
スマホで近くの水族館を検索したが何個も出たため、特にその場では決めないことにした。
「体調が良くなったら進吾と決めましょ」
「そうだな。一応候補でも探しておくよ」
旦那がお風呂に入っている間、私は進吾の部屋に入った。それは今日進吾に頼まれたものだった。不自由で暇な入院生活を少しでも楽にするため、暇潰しができるものを持ってきて欲しいと頼まれたのだ。私はゲームやぬいぐるみ、ボードゲームを見つけて進吾に持っていくことにした。
そしてたまたま机に置いてあったやりたいことノートを手に取った瞬間、3枚の紙が床にひらりと落ちた。3枚とも片側がビリビリとちぎられていて、裏面を向いて落ちていた。
「ん?なんだろうこれ?」
拾い上げて確認しようとした時、旦那が私を呼ぶ声がした。
「どうしたのー?」
「お風呂入っていいぞー」
私はその紙を表返しにして内容を確認することはしなかった。そのままノートに挟み直して、ノートを持ったまま旦那がいるリビングに戻っていった。




