鴉が告ぐ。
学院祭前夜。最後の学院祭だと思うと少し寂しくなる。あれほど忙しく疲れる準備期間がもう恋しい。来年はもういないのだ。
寝坊するなとスイに口を酸っぱくして言われたので、いつもより早めに寝ようとした。別に朝に弱いわけではないのにな、とシルフは思う。珍しく消灯時刻より前に電気を消す。
横になったものの、普段は起きている時間だからかうまく眠れない。水でも飲もう。そう思って立ち上がった時、コンコン、と窓を突く音がした。
「…………今日は来ないと思っていたのだけれど」
シルフが苦笑しながら窓を開けると、一羽の鴉がいた。予想通りと言うべきか、足には紙が結ばれている。内容を見て表情が消えた。無詠唱で炎を出し紙を燃やした後、シルフは寝間着から着替える。鴉は黙ってそれを見ていた。
黒い外套を羽織ったシルフは、鴉と共に外に飛び出す。鴉についてシルフは飛ぶ。
王城の門に着いたシルフを迎えたのは、三代目アルティリエン公爵だった。シルフは驚く。それほどひどい状況なのか、と。すでに歴史上の人物となった彼が別邸から出てくることは、少なくともここ200年ほどはないと聞いていた。駆け寄ると、鈍色の視線がシルフを射抜く。
「来たか」
「三代目……………状況は」
「国王が危篤だ。診察の結果、もっても今夜だと五代目が判断した。」
「五代目が…」
公爵の座を退いてからずっと、何百年も医術の研究をしていた彼女の診断。その意味は大きい。三代目公爵、エドモンドは目を見開いたシルフを一瞥する。
「ただ問題がある。後継がまだ決まっていない。王の意識が戻らないため、決定権は我々にある。だから其方が呼ばれた」
シルフは俯く。ほとんどの場合、後継は現王の指名により決定する。しかし、今回のように突然で、尚且つ国王が自らの意思を表示できない場合にあるとき、指名の権利はアルティリエン公爵家に譲渡される。公爵家が定めた基準を満たしている者の中から選ばれる。
「シルフ、其方は神話の質問をされたか」
「はい…………マーズィに」
「そうか」
エドモンドは少し考えこむと、おもむろに歩き出した。肩までの銀髪が月明かりに反射する。シルフが立ち止まったままでいることに気付かない。シルフは少し迷った後、小走りで後を追いかけた。
着いた先は、王の寝室だった。そこには五代目、先代、現公爵、そして…………
「エバ?」
「やあ」
エバは微笑み、軽く手を振ってきた。場違いにも程がある。そもそもなぜいるのか。ぐるぐると回る思考は、エドモンドによって断ち切られた。
「次の王はマーズィ、第二王子だ。五十一代目、其方が呼んで来い。私ではきっと不審に思われる」
「わかった」
公爵が足早にその場を去る。ふと、シルフはエバが手に持つ大きな箱に気付いた。何が入っているのだろう。というかそもそも、なぜエバがここにいるのだろう。
「シルフ?…………あぁ、この箱が気になるのか」
エバは箱を開ける。中に入っていたのは純白の分厚い布と金の飾り紐。そして指輪を飾るための台だった。
「これらは何に使うんだ?」
エバは片方の口の端を持ち上げる。
「それはもちろん、王位継承式さ」