アルティリエン公爵家
「っ……何故、知って…」
マーズィは目を見張った。誰にも見られておらず聞かれてもないはずだった。自分と国王以外に会話の内容を知るものはいないと、思っていた。が、すぐに思い直す。目の前にいるのは、紛れもなくアルティリエン公爵家の嫡子、シルフ・ヴィア・アルティリエンなのだ。知っていても不思議はない。何せ、あのアルティリエン公爵家なのだ。
マーズィは深呼吸をする。シルフは黙ってこちらを見ていた。
「えぇ、その通りです。加えて、こうもおっしゃいました。『尋ねる際は、先程のこともそのまま言うように』と」
「先程のこと?」
マーズィは眉を下げた。
「私の、推理とも言えないような、神話についての見解です」
あぁ、とシルフは首肯した。ふと、シルフが足を組み替える。ベッドが軋む音がした。
「話を遮ってしまったね。すまなかった。それで……アルティリエン公爵家について、だったかな。マーズィ、君はすでに理解しているのだろうけれど…」
そこで言葉を切り、マーズィが持ってきた。魔道具を見やる。
「この話は他言無用。たとえ国王に聞かれたとしても、話してはならない」
「わかっています」
「良かった。そうだな……どこから話そうか」
シルフとマーズィの視線が絡む。マーズィは息を呑んだ。
「女神アルティリエンが落ちてくるまで、此処はアルティリエン王国ではなかったことは知っている?」
「えぇ」
「では、変わった理由は?」
「去る際に御加護をくださった女神様への感謝を忘れないため、だったかと」
「そう。表向きは、ね」
シルフは語る。
「本当のことは隠されたんだ。そのほうが、都合がよかった。」
女神アルティリエンは、自分という存在を忘れ去られることを拒んだ。そして、初代国王への恋慕も、それを後押ししてしまった。
女神さまは、まず国名を変えさせた。誰も逆らうはずがなかった。次に、王家の名乗る家名も変えた。
”ル・ネイラ・ティリエ”ー愛するティリエ、という意味だ。この言葉は、神々が話す言葉に由来する。人間が聞き取れる形に変えた結果、ル・ネイラとなったそうだ。ティリエは、女神アルティリエンの愛称だ。凄まじい執着だと思わないかい、マーズィ。
最後に女神さまは、”王家を守るための人間”を創造した。…………そう、これがアルティリエン公爵家の始まり。僕たちアルティリエン公爵家の者たちは、人間に限りなく近い何かだ。いちばん近い言い方は、人形、であろうか。
仮にも女神さまが創ったものだ。人間となんら変わりはないように見えるかもしれない。それは半分ほど事実であり、残りの半分はまったく違うものだ。
最初に君は言ったね、『アルティリエン公爵家の者は、人間ですか』と。僕は驚いた。そこまで辿り着ける者はほとんどいないと聴いていたから。
僕たちが人間と違う最大の点はね、死ねないことだよ。
シルフは何かに耐えるような表情をした。苦しみと、悲しみと、諦めが綯い交ぜになったような。
「ぇ……? しかし、歴代公爵の葬儀は行われた記録が」
「死体を作るのは人間でもできる。体温も何も必要がないからね。それに、葬儀といえど、他家のような大規模なものではないよ。訃報などはいくらでも偽装できる」
「……そう、なのですね。ということは、歴代の王もこの事実を…」
与えられた情報が多すぎて、上手く処理できないのだろう。マーズィは膝の上の拳を固く握りしめた。
「では、公的な場で仮面をつけているのは…」
「年を取らないことを周りに知られないためだ」
「配偶者を持たないのは」
「必要がないからね。跡継ぎは女神さまによって創り出される、それに他家との繋がりも邪魔なだけだ」
「…しかし、シルフは仮面を身に着けていませんよね?それに成長だって……!」
シルフは眉を下げた。
「僕はまだ、創り出されたばかりだからね。年齢も、君よりも2つ上の17歳だ。同じ3年生である友人たちとも変わらない。仮面は、まだ身に着ける必要がないんだ。公爵が身に着けていれば問題はない。そもそも僕はまだ、成長が止まっていない。まぁ…次期当主として出席する際は、顔の右側が覆われるくらいの仮面は着けているけれど、君が見たことはないだろうね」
マーズィは何か言いたげな様子でシルフを見る。その顔は驚愕、それから混乱が一番近いかもしれない。
「…………うまく、言葉がまとまりません。また後日、質問をしても良いですか…?」
「もちろん。そのときは湯浴みと食事を済ませてから来るようにね」
「はい…………では、おやすみなさい」
「おやすみなさい。また、明日ね」
停止した魔道具を持って、扉から出ていく。足音が遠ざかり、人の気配が消える。シルフはベッドに倒れ伏す。
「とても、疲れた」
笑えていただろうか。説明はわかりやすかっただろうか。ぐるぐると考えてしまう。
「”ヴィア・アルティリエン”ーアルティリエンの下僕」
呟き、乾いた笑いをこぼす。言えるわけがない。
ふと時計を見ると、日付が変わる直前だった。思ったほど時間が経っていないことに安堵し、眠りにつく。その必要などないと知りながら。
あのような話を聴かせてしまった後ではあるが、少しでもマーズィが眠れることを祈った。