マーズィの話
マーズィはまだこちらに気づいていないようで、少し俯き気味の姿勢で、扉近くの壁に寄りかかっていた。
「マーズィ?」と話しかけたシルフにスイは慌てた。ちらりと副会長の方を見ると、さすがに気づいたようで、こちらにゆったりとした足どりで近づいてきた。
「スイ。すみませんが、少々シルフを借りても良いですか?」
「え、あぁどうぞどうぞ」
スイはシルフを見て、「先に食堂行ってるねー」とだけ言い残してさっさと中に入っていった。
「どうしたの急に。何か急ぎのこと?」
「いえ、その…………」
マーズィは彼にしては珍しく口ごもった。言いにくいことなのだろうか、とシルフは思う。
シルフが考え込む間にマーズィは覚悟を決めたようだった。
「……神話について聞きたいことがありまして。長くなるかもしれないので空いているときで良いのですが」
シルフは目を見張った。聞き間違いだと思いたかった。けれど、今、彼は間違いなく"神話について聞きたいことがある”と言った。王族である、彼が。その言葉が示す意味を知らないはずがないのに。
「…………わかった。ところで君は、徹夜しても大丈夫だったかな」
「え?まぁ、1日くらいなら…」
「では今夜。食事と湯浴みを済ませたら、僕の部屋に来てくれるかな。そこで話そう」
マーズィは僅かに目を瞬いたあと、「わかりました」とぎこちない笑みを浮かべた。
コンコンコン、とシルフの部屋に控えめなノックが響く。
「どうぞ」
入ってきた彼は、緊張のせいか少し顔が青ざめていた。ふと、彼が手に持っているものに気づく。
「驚いた。防音結界と視覚誤認の魔導具まで持ってきていたんだね」
「まぁ、話が話ですので……」
起動しようとする彼の手から魔導具を奪い、シルフは起動した。
「話は長いからね、負担が少なくなるようにしたい。君よりも僕の方が魔力は多いから」
「何から何まで、ありがとうございます」
「気にすることはないよ。そこの椅子にでも座って」
ベッドの向かいにある椅子を指差し、シルフは言った。マーズィが腰掛けるのを確認ししてから、ベッドのサイドテーブルに魔導具を置き、ベッドに座る。
しばらくの間、沈黙が場を支配していた。どちらも何も発さない。
少しして、意を決したようにマーズィが言った。
「失礼な言い方になってしまうかもしれません」
「うん」
マーズィは深呼吸をした。
「アルティリエン公爵家の者は、人間ですか」