閑話 エバ視点 片割れの変化
シルフが学院に入学して少し経った頃。本編の2年前くらい。
(…シルフ?)
公爵の執務室からの帰り、廊下の角を曲がった先には見慣れた後ろ姿があった。いつもと違うのはただひとつ。シルフが髪をまとめているということ。頭に棒のような何かが刺さっているようにしか見えないことすら無視できるほどに、エバは感動に打ち震えていた。
(シルフが………あの、あのシルフが!!髪を!!!)
エバは知っている。シルフが初めて炎魔法を使った時のことだ。操作を誤り焦げた毛先を見つめ、真剣な表情で「…公爵子息が坊主にするのはダメかなぁ」と呟いたことを。髪を切るのも結ぶのも面倒がり、焦げても溶けても気にしないシルフ。エバは何度シルフの髪を整えただろう…………。
やはり学院で何か影響を受けたのだろうか。次期公爵としての箔を付けるためにと、シルフは王立学院に入学した。身分による忖度はなく、過去には伯爵子息も落ちたと噂されるほどの完全なる実力主義校。そのため、入学試験を突破しさえすれば平民でも入学可能である。全寮制のため、入学してから会うことはなかったが、ひと月ほどの期間にこれほどまで変化があるとは。
エバの生温かい視線に気づいたのか、シルフが振り返った。
「エバ?久しぶりだね」
「シルフ…………ボクは本当に嬉しいよ。あんなに面倒がっていたのに…………」
「何の話…」
エバが頭を指さす。あぁ、と納得したように頷いた。何かを思い出しているのか、とても柔らかい表情になる。
「魔法薬学の実験の時に毛先が焦げてしまって、友人たちにお願いだから結んでくれと言われてね」
エバは苦笑する。もうやらかしていたのか。しかしシルフは良い友人ができたようだ。たち、とつけるのだからひとりではないに違いない。どんな子たちなのだろうか。エバの想像が膨らむ。
と、シルフがするりと頭から棒を引き抜いた。まとまっていた髪がほどけ、腰まであるブルーグレーの髪がさらりと揺れる。シルフが棒を手のひらにのせ、差し出す。
「”カンザシ”というものだそうだ。これなら紐のようにほどけてしまわないだろうから、と」
「カンザシ?へぇ、初めて聞いた。音の響きからして、東の方のものかなぁ」
エバは受け取ったカンザシをしげしげと眺める。細い銀色の棒の端に、青い花が閉じ込められたガラス玉が付いている。金属特有のひんやりとした質感がエバの指に伝わる。棒の部分は意外とでこぼこしていて、先にいくにつれて細くなっている。
「綺麗だろう?学院前の広場で行われた市で見つけたらしい。その前は髪紐をもらったのだが、生憎と髪がすべってしまってね。わざわざ探してくれるとは思わなかったから、本当に驚いたよ」
そのときのことを思い出しているのか、そう話すシルフの口元はほころんでいる。珍しい表情を見てエバは目を瞬いた。少ししてふっと微笑み、礼を言ってカンザシを返す。
「良い友達ができたんだねぇ。シルフが楽しそうで良かった」
「…あぁ。スイとフィルアといってね、とても素敵な友人たちなんだ」
「ふふ、そうかぁ……詳しく聞きたいな。この後時間はあるかい?」
シルフは頷く。まだ太陽は昇りきったばかりだ。