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一緒に

「…本当に、良いのか?別に僕一人でも」

「ダメだよー。シルフはまだ砂漠を渡ったことないんだからさぁ」


 この期に及んで遠慮するシルフに、エバが苦笑する。荷造りを終えて部屋に迎えに来たらこれだ。公爵邸の自室にはほとんど私物を置いていなかったのに遅いと思ったら。ずっと考えていたのだろうか。シルフが何を言おうと、付いて行くに決まっているのに。



 結局、国を出ると決めたのは、シルフただ一人だった。しかし、一度も国外に出たことのないシルフを一人で行かせるのもどうなのか、という話になった。そこにエバが案内役を買って出た。他国に諜報員として行くことの多いエバならば、と公爵家一同納得したが、シルフが難色を示した。


「『申し訳ない』なんて言わないでよ?これはボクが言い出したことなんだから。って、何回言えばわかるのさ」

「だが…………」


 エバは目の前で唸るシルフを見つめながら、この七日間を思う。シルフにとって、ある意味ではエバにとっても精神を削られるような時間だった。




+++++




 王の寝室に戻って来た後、白砂の山を見るや否や、シルフは王城を飛び出した。エドモンドはエバに追いかけるように言い、他は公爵邸に帰った。


 シルフの目的地はわかっていた。エバは飛行のスピードを上げる。エバの飛行は、一族の中で右に出る者はいない圧倒的な速さを誇る。学院を空から見下ろすと、一つの建物に向かう影があった。


「シルフー?いるかー?」


 建物の中に、エバの声だけがこだまする。おかしい。確かに入ったのを見たはずなのに。階段を上り、二階へ。

 

 南東の角部屋。そこにシルフはいた。扉を開けたまま、微動だにせず突っ立っている。エバはわざと足音を立てて歩いた。いつもなら気配や音で気付くのに。おかしい。


「シル—―――—―—っ?!」


 シルフの顔色は、青を通り越して、土気色になっていた。目も見開かれていて、室内のある一点を凝視している。

 白砂の、山。あぁ、そういえばシルフには、学院で仲良くしていた友人たちがいたんだっけ。エバは思い出す。瞬間、シルフの体が傾く。糸が切れた操り人形のように、力を失った体をあわてて抱き留める。



 シルフは三日間目覚めなかった。一族会議が終わり、数少ない貿易相手国への連絡も終え、人間と一族の違いに関する議論が再熱しても尚、シルフは瞼を閉じていた。


「…………海に、行かなければ」


 ベッドの傍で本を読んでいたエバの耳に、掠れた声が届く。目を見開く。シルフはぼんやりと視線を宙にさまよわせていた。シルフが目覚めたことを確認し、あわてて五代目に伝声魔術を飛ばす。


「シルフ?体調はどうだい?痛いところは」

「エバ」


 シルフとエバの視線が交わる。シルフの瞳は涙で潤んでいた。


「海はどこにある?僕は見たことがない。わからない」


 行かなければならないんだ。と言うシルフは、ひどく切羽詰まった顔をしていて、エバはわけがわからなかった。


 五代目がやってきて診察を終えるころには、シルフは落ち着きを取り戻していた。体に異常はないが、念のため今日の夕方まで安静にするように、とのことだった。上半身を起こしたシルフを、エバはじっと見つめる。


「エバ。その…………取り乱して、すまなかった」


 シルフは俯き、手を固く握る。エバは虚を突かれたのか、瞬きをした後、フッと微笑んだ


「んーん、全然気にしないで」


 言葉を止め、シルフの手をそっと包む。


「まぁシルフが何をどう感じてるかなんてわかんないからさ、ボクにできることがあったら言ってよ。そしたら全力で手伝うからさ」


 あ、でも書類仕事は勘弁したいかも。と茶化すエバに笑みをこぼす。シルフの心は、不思議なほど凪いでいた。エバの手は、あたたかかった。


「…………海に行ってみたいと、言っていた。自分が死んだら、骨を土に埋めるのではなく、遺灰を海にまいてほしい。その方が夢があって良いと」


 フィルアとスイ。一族でも王族でもなく、偶然出会って仲良くなれた、初めての友人だった。こんなにも早くいなくなるなんて思っていなかった。当たり前に、明日も存在していると、思っていた。

 視界が滲む。目の前のエバの顔も、よく見えない。鼻の奥がツンとして、あたたかいものが頬をつたう。



 その日、シルフは泣いた。一族の中で涙を流せたのは、後にも先にもシルフだけだった。




+++++




「はいはい、この話は終わり。忘れ物はない?そろそろ出ないと、砂漠で野宿する羽目になるよ」


 私物のほとんどは置いていくため、これから旅をするとは思えないほど軽装だ。ベルトポーチが魔術具だと知らない者が見たら卒倒してしまうに違いない。

 シルフは念のため、いつも身に着けているベルトポーチの中身に、白砂が入ったガラスの小瓶がふたつ追加されているのを確認する。それらは昨日、寮に帰って頂戴したものだ。ふたりを海に連れて行きたかった。


「準備万端だ」


 シルフとエバの視線が絡む。口元は、綻んでいた。


「さあ、行こうか」








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