アルティリエン
儀式用の荷物があったので、まず王の寝室に向かった。なぜか白い砂の山があちこちにある。外と通じていないはずでは、とシルフは首を傾げた。マーズィは何やら考え込んでいて、一言も発さない。エバはきょろきょろと周りを見て「ねぇ」と言う。
「おかしくない?なんで警備の騎士が誰もいないのさ。普段警備されてない【祈りの間】からはだいぶ離れたし…来るときにはいたよね?」
エバは眉を顰めた。「確かに」とシルフが続ける。「それに、やけに城内が静かだ。普段ならばもう少し音がしても良いはず」もうすぐで最も警備されるべきな王族の居住区域に入る。にもかかわらず騎士はいないし、他人の気配すらしない。シルフも違和感を覚えた。
相変わらずマーズィは黙りこくっていて、話を聴いているのかすらもわからない。そうこうしているうちに目的の場所に着く。ノックをした後、間を開けず「入れ」との返事があった。エドモンドの声だ。戻ってきていたのか。
部屋の中は異様な雰囲気だった。先ほどまではいなかった王妃、第一王女、第一王子がおり、しかも王妃は寝台の上の国王にすがりついて泣いていた。リズベットは王妃を慰めていて、第一王子イアンは五代目と話し込んでいる。エドモンドたちは深刻な様子で、シルフは混乱した。
「…………何が、起こって?」シルフの一言で、ざわついていた部屋が、水を打ったように静まり返った。疑問に答えたのは、エドモンドだった。
「王国の土地が、砂漠と化した」
曰く、女神アルティリエンの加護によって砂漠でなくなった土地すべてが、もとの砂漠に戻ったそうだ。もともとオアシスとなっていた王城や公爵家付近のみが免れている、と。加護が解けたのかもしれない。エドモンドは続ける。そして、王族と公爵家以外の人間が一人残らず消えた、と。鴉に確認させたため間違いないと。
「…………だから、騎士がいなかったのか」
「皆、砂となって消えた。私は【祈りの間】から戻る途中、鎧と白砂の山を見た。白砂は外にあるものと相違なく、鎧も確認させたところ、王国騎士団のもので間違いない、と」
「なるほどね…」とエバがあごに手を当て呟く。状況は理解できた。だが
「原因は」
エバの鋭い視線がエドモンドを射抜く。
「加護の期限切れなんて冗談はなしね。今回の王位継承にどんな不備があったの?」
エドモンドがちらりと王妃を見やる。王妃の顔色は青を通り越して土気色になっており、王妃に責があることは誰が見ても明らかであった。
王妃は涙を止めてはいたものの、俯き、言葉を発さなかった。部屋にいた全員が、王妃を見つめる。
王妃は唇をわななかせ、強く噛みしめた。室内は寒くなどないのに、彼女の手はひどく震えていた。
「マーズィは…陛下…………いえ、先代国王との子ではありません。」
その言葉に驚いたのは、リズベットとマーズィだけだった。なんとなくではあるが、皆予想がついていたからである。否、マーズィも予想はできていたのかもしれない。信じたくはなかっただけで。
王妃が息をつき、続ける。
「マーズィの父親は、今代のティタン公爵です。公爵も、遡れば王家の血をひいています。そのため、『初代の子孫』であることに変わりはなく、御加護にも影響があるとは思っていませんでした」
申し訳ありません、と詫びられたところで、どうしようもない。許す許さないの次元ではないのだ。マーズィは床にへたり込んでしまった。その行為をはしたないと咎める者などいない。
王妃は嫁入りした身とはいえ仮にも王族。知らなかったで済まされる立場ではない。妊娠がわかった時点でおろさなかったこと。一夫一婦制であるにもかかわらず、夫以外の男性と関係を持ったこと。全てが間違っていたのだ。
この気まずい沈黙を破ったのは、やはりエドモンドであった。
「其方が詫びたとて状況は何も変わらない。時間の無駄だ。加護への影響など、人にわかるものでもない。今すべきことは、今後の身の振り方であろう」
エドモンドが言い終わるとほぼ同時に、シルフたちアルティリエン公爵家一行は、王の寝室から姿を消した。
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次の瞬間、彼らは真っ白な空間にいた。壁も、床も、区切るものが何もなく、視界に入るものが、周りの人を除けばただただ白いだけ。場所はもちろんのこと、建物の内なのか外なのかも分からない。
よくよく周りを見わたすと、シルフはあの部屋にいた者だけでなく、初代公爵を除いてアルティリエンの姓を名乗る者すべてがここにいることに気付く。いったい何が起こっているのだろう。
「謌代?螢ー縺瑚◇縺薙∴繧九°」
『我の声が、聞こえるか』
突然、何やら言語のような音が聞こえ、同時に脳内に声が響く。意味は伝わるが、聞いている身としては気持ち悪く感じる。
『我はアルティリエン。其方らに伝えるべきことができたため、呼んだ』
その声と共に、目の前に女神像そっくりの女神アルティリエンと、初代公爵が現れた。女神はそう告げると、一方的に言った。
曰く、新しい継承者が直系ではなかったため加護が効力を失ったこと。
曰く、シルフたち公爵家の者以外は白砂と化すが、物や建造物はそのままであること。
曰く、初代は女神の眷属であるため神界へ戻るがシルフたちはもう何をしても良い、自由であること。
『他国に行くことも止めないが、砂漠を渡らねばならぬ。人と同等の身では不便であろう。ある程度の痛覚は遮断できるようにした。寿命は設定していなかったゆえ、其方らは死なん。王族ももうじき消えるであろう。愚かなことよ。』
女神はそこで一度言葉を切った。
『若さゆえの過ちと言うべきか、あの頃の我は幼かった。200年を過ぎやっと、事の重大さを理解したが、遅すぎた。我の我が儘がすべての原因であった。すまなかった…。この先、其方らのような存在を我が創ることはない。其方らの未来が幸多からんことを』
女神が微笑んだ。周りの景色がぐにゃりと歪み、気付くと王の寝室に戻ってきていた。やはり、人の姿はなく、白砂の山が4つ、あるだけだった。