乙女ゲームの婚約破棄イベントにガチモンの乙女ゲームキャラが乗り込んできた
「公爵令嬢ズズっ、アリシア・ドットコム!ズズッ、貴様との婚約を破棄する!」
炊き出しの雑炊をクッチャクッチヤ音を立てて食しながら私に婚約破棄を告げる片足の無い全裸の男は、八年前に私が滅ぼした王国の王太子、アカンタレー様だ。その横では、疫病で余命いくばくも無い宰相の息子と、何で俺はここに居るんだと言いたそうな顔でそっぽを向いている騎士団長の息子が居た。
「殿下…理由を聞かせて貰えませんでしょうか?」
「決まっている!ズズッ、俺の愛する男爵令嬢を虐めたからだ!」
ああ、やはりこうなってしまった。このゲームは私が前世でプレイした乙女ゲームで、私はそのゲームラストの卒業パーティで断罪される悪役令嬢、アリシア・ドットコム。私は断罪される運命を変える為に、殿下との婚約が成立する前に帝国へ嫁入りし皇帝の幼妻となった後、夫をたぶらかしてドラゴンで王国を空爆し跡形も無くしてから占領した。
王国も学園もヒロインも物理的に消失し、パーティ会場になるはずだったこの地は炊き出し会場となった。流石にこれで婚約破棄は無いだろと安堵して、関係無い国民に対する罪滅ぼしの為に炊き出しに顔を出したら、こうして王太子に婚約破棄されてしまった。やはり、物語の強制力には逆らえないのか!?
「さあどうした!クッチャ、文句がクチャクチャ、あるなら、言ってみろー!」
い、言えない!この断罪が成立しない理由がありすぎて、短編の文字数では語りきれない!コメディ短編はなるべく2500字前後に納めると作者は決めてるんだ!
などと私が困っていると、糞デカいロザリオを首から下げた女子高生と、キラキラしたイケメン貴族達が突然炊き出し会場になだれ込んできた。
「皆!この国の人々を狂わせた瘴気の王はこの近くにいるわよ!」
JKがロザリオを振り回しながら私達へと近づいて来る。
「うむっ、モチコが言うのなら間違いないな」
「会場のみなさーん動かないで下さーい。この場に瘴気のボスが居ますー」
「嬢ちゃん、俺様は何時でも暴れる準備はできてるぜ!」
JKに着いてきた数人のイケメンは皆すっげえキラキラしていた。そして、そのキラキラの眩しさを見た私は前世の記憶を『完全に』思い出した、
「この乙女ゲームのヒロイン、望月モチコと攻略対象やないかい…!」
そう、この世界は乙女ゲーム、『払ってお祓いミコミコドン』の世界だったのだ。異世界に召喚された神社育ちの望月もちこは、彼女だけが持つ瘴気を払う力で異世界の国々に潜む瘴気の王達を見つけ出し消失させる旅を仲間達としていく。そんなストーリー。
これだよ、こーゆーのが本当の乙女ゲーム定番なんだよ!それなのに、アッチ側では聖女召喚物の事を何と言っている?そう、誘拐国家と被害者のお話だよ!!
そして、卒業パーティで婚約破棄するとかゆー、乙女ゲームではまず見ない激レアパターンを乙女ゲームの定番とか呼んでるのだ!ねえよ!『ここは、ラストで新宿にワープして音ゲーするよくあるアクションRPGである』とかハイファンタジー小説の冒頭で言われたらどう思う?そういう事だぞ!
などと、私がこの世界のアレコレについての前世知識で悶えていると、もちこさんは私達の方へとスタスタと近づきロザリオをグルグル回し始めた、
「見つけたわよ、六体目の瘴気の王!正体を現しなさい!はあ!」
「くええエエ、ヨクゾミヤブッタ」
ロザリオビームを受けて、騎士団長の息子が正体を現す。私の前世知識通り、彼が瘴気の王であり、今まで私達の意識を操っていたのだ。というか、他の二人が廃人と化してる中、一人だけ五体満足で騎士団長の息子の格好でここに来ている時点で怪しいと思うべきだった。
「モチコ、よくやった!後は任せたまえ!」
「リミッター全解除、戦闘モード移行します」
「行くぜえ、絶技剣タコタコエイト!」
すげえ、乙女ゲームのイケメン達の戦いぶり、生で見ると迫力が段違いだ。
「がんばえ〜」
私は彼らの邪魔にならない様に、安全地帯で鍋を頭に被りながら勝負を見守る。数分後、瘴気の王が霧散し人々は健康と正気を取り戻して行った。
「聖女モチコ様!瘴気の王に操られたとはいえ、私はやってはいけない事を重ねすぎました!」
「ううん、生きてさえいればどんな罪も必ず償えると思います。貴女は私には無い素晴らしい才能があるから、この地の人々を救うためにその力を使って下さい」
私が原作通りに謝罪すると、もちこさんは原作通りに許してくれた。良かった、どうやらこの世界は無事に乙女ゲームとして続いていくみたいだ。
「さあ皆!まだ瘴気の王は一体残ってる!最後の国へ向かうわよ!」
「「「オー!!!」」」
ヒロインと攻略対象達はやって来た時と同じ様に、風の様に走り去って行った。で、後に残されたのは私と王太子と宰相の息子。
「あの、すみません。食器ってどこに返せば良いのですか?」
幼少時に国を焼かれ、人生の大半を浮浪者として生きてきた元王太子は、私の事を初めて見たかの様な顔で申し訳無さそうにお椀を運んできた。その後ろには、聖女もちこパワーで疫病から立ち直った宰相の息子が並んでいる。
二人共本来の人格を取り戻し、顔からはすっかり邪気が消えていた。きっと私も、もちこさんが来るまでは彼ら同様に狂っていたのだろう。
さて、ここまてで2150字くらい。そろそろ締めの言葉にするとしよう。
「卒業パーティでの婚約破棄が乙女ゲームの定番と最初に言った人と、本来の乙女ゲーム鉄板ネタの聖女召喚ものを誘拐と最初に言った人、怒らないから正直に手を上げなさい」
お・し・ま・い
Q.なんなのこのゲーム?というか、なんなのこの話?
A.なろうテンプレで語られている乙女ゲームの常識を、実際の乙女ゲームメーカーがシナリオの一部に組むこんだ乙女ゲームという設定です。ややこしくてすみません。
Q.語り手の悪役令嬢と聖女もちこは転生者なの?現地人なの?
A.望月もちこは現世から転移してきた設定のゲームキャラ。悪役令嬢アリシアは前世が日本人でこのゲームが自分のプレイした乙女ゲームだと知っているという誤った認識で操られていたゲームキャラ。そして、聖女もちこ乱入後に『本当に』思い出したと言った後からの語り手が前世が日本人でこの乙女ゲームを正しく知っている転生者です。ホントややこしくてすみません。