EP5-9 - 彼女の温もりが少女に宿る
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その日の夜。
エリーさんや皆と博物館に行き、あたしが倒れたその日の夜の話。あたしはベッドの中でなかなか寝付けずにいた。その原因はあたしが倒れている時に見た夢だった。
栗色の髪の男と白髪の老人。そのうち、白髪の老人は恐らくあたしのじっちゃんだ。あんなに怒っているところは見たことがないけど、顔に面影がある。
栗色の髪の男はどうだろう。知らない人のような気がするけど、何故だか彼の顔を思い出すと懐かしい気持ちのようなものが湧き上がってくる。そんなこともあって夢で見たあの男のことを思い出そうとするけれど、あたしの頭の中にあるじっちゃんとばっちゃんとの暮らしから、あの男の記憶は全く出てこなかった。
それとあの部屋。本棚があらゆるところに置かれていたあの部屋も見覚えがある。古代魔法研究会の部屋も本棚がたくさんあるが、夢で見た部屋はもっと広い。ということは、あの部屋もあたしの記憶のどこかにあるということだ。夢で見た景色の中で全く見覚えがないのは、ゆりかごで眠っていた子どもくらいだ。
記憶にはないけど知っている気がする人たち、知っている気がする場所。何故こんなにただの夢に既視感を覚えるのだろうか、そう考えるとなんだかモヤモヤして眠ることができなかった。
「あとは、あの博物館……」
そもそもあたしがその夢を見ることになったのは、博物館に近づくと気分が悪くなり倒れたからだ。なんだか変な魔法力を放っている物があるような、そんな気がした。まるで風邪を引いたかのように悪寒が走り、変な物を食べたときのような吐き気に襲われた。
気になるのはリーバさんが持って来た資料に書いてあったあの玉だ。古代の文字――あたしが知っている文字が記された白い球体だということだが、もしかするとその玉が原因かもしれない。というのも、資料に描かれたその謎の玉のイラストにこれまた見覚えがあったからだ。
夢と違い、ただのイラストだ。だが、一度にこれほどまで見覚えのある物や人が頭の中に流れてくるものだろうか。偶然にしてはできすぎている気がする。
「……」
しかし、これが全て偶然ではなかった場合、一つだけ気になることがある。
もし、栗色の髪の男や白い玉があたしの知っているものだったとして、何故あたしはそれを覚えていないのだろう。あたしの記憶は本当に正しいのだろうか。
あたしは記憶喪失ではない。物心ついてからじっちゃんとばっちゃんと暮らしていたことはしっかりと覚えている。……はずだ。
だが、この記憶が嘘だったとしたら。どこかであたしは別の記憶を植え付けられて、本当の記憶を押し込められていたとしたら。もしその通りだった場合、あたしは誰なんだろう。あたしは本当にフィニティ・フレインなのだろうか。
じっちゃんとばっちゃんはあたしの家族なのか。この学校生活というものは本当に存在したのか。今この瞬間にも記憶が嘘のものになっているのではないだろうか。
電気の消えた部屋で暗闇に包まれ、恐怖の感情があたしを抱いている。心が休まらない。心臓がバクバクしている。怖い、こわい。
額に汗が流れ、息が苦しくなる。助けを求めて手を伸ばそうにも、あたしを抱く恐怖が体を動かせようとしない。流れてくるのは汗だけではなく、瞳からも何かが流れた。
誰か、誰か助けて――。
「フィニティ?」
と、その時だった。闇の中に優しい声が響き渡ったのは。
「どうしたの、まだ具合悪い?」
一緒のベッドで眠っていたエリーさんの声だ。どうやらあたしが布団の中で苦しんでいたせいで目を覚ましてしまったようだ。
「……そんなわけでは」
「そう? なら早く寝ないと、明日は学校だよ」
「そう、ですね」
「……」
すると、あたしに背を向けて眠っていたエリーさんはあたしの方へと向きを変え、手をぎゅっと握ってくれた。
「ごめんね」
「え」
「最初にここで生活をするとき、他人に迷惑をかけないようにするって教えたよね」
入学が決まった時の話だろうか。確かに制服の着方やら自己紹介やらについて教わった時に、一緒にその話を聞いた気がする。
「フィニティはそれをできるだけ守ってくれた。だけど、その代わりに前よりも遠慮がちになった気がするんだ」
「そうですか?」
「そうだよ。多分、ここに来たばっかりのフィニティなら遠慮せずに辛いって言ってくれたんじゃないかな」
そう、なのだろうか。あたしはここに来てから自分が変わったとは思っていない。エリーさんにもセンさんにも、同じような態度で接しているつもりだ。ここに来て変わったことを無理やり挙げるのであれば、この学校で使われている文字が読めるようになってきたくらいだ。
「まぁ、フィニティが話しづらいっていうんだったらそれでもいいよ。とりあえず今日は寝ちゃおう」
電気が消えているせいでエリーさんの顔が見えない。でも、握られた手のひらから彼女の温かさが伝わってくる。
「眠るまで手を握っていてあげる。私がそばにいてあげるから安心して」
「――はい」
あぁ、温かい。
今あたしを抱いているのは恐怖ではない。エリーさんの温かさだ。それは確かだ。この記憶はきっと嘘じゃない。
その日みたもう一つの夢は、とてもとても温かなものだった。
エピソード5は今回で終了です。次の投稿は水曜日を予定しておりますが、直近多忙なため、いつも通りの人物まとめだけになるかもしれないです。




