EP4.5-2 - 注射はイヤだってば
「なるほど。ワクチン接種か」
落ち着きを取り戻したエリー達から話を聞くことができたハジメは、事の詳細に納得の意を示した。
「そう。私たちが子供のころ接種したワクチンがあったでしょ」
「確かにそんなような話を親父から聞いたことがあるな」
「フィニティはそれを受けていないの。だから今からでもそのワクチンを接種する必要があるんだけど」
「人に針を刺して無事なわけがないです。だからイヤです」
「……と、こんな感じなの」
観念したのか暴れる様子は見せないものの、フィニティはエリーに抱きかかえられながら抵抗の言葉を口にしていた。このままでは解放された瞬間にまた逃げ出すかもしれない。そんな少女の姿を見て、ハジメは愉快そうに笑いだした。
「何が面白いの?」
「いやぁ、弟たちのことを思い出してな。あいつらもワクチン接種の時は必死に抵抗したものだ」
「貴方、弟がいるの?」
「ん、言ってなかったか? 俺は五人家族の長男なんだ。始めに生まれたからハジメだ」
「そ、そうなの」
由来を聞くと実に安直だと思ってしまった。そんな失礼を心の中で謝りながら、エリーはせっかくだからとその話の続きを求める。
「その時はどうしたの?」
「その時って、どれだ?」
「弟さんたちが抵抗した時。まさか、ワクチンを打たずに終わらせたってわけじゃないでしょ?」
「あぁ。そういうことか」
ハジメは過去の出来事を思い出し、再び笑い声を上げた。どうやらその記憶は彼にとって余程楽しいことだったらしい。
「実に単純な話だよ。我慢して注射を受けたら、親父が飴玉をくれるって言ったら素直に聞いてくれたよ」
「飴玉?」
「チビたちの好物なんだよ。ま、褒美があれば素直にこっちの意図に乗ってくれるってことだ」
「褒美……」
エリーはフィニティを抱きかかえながら眉を顰め、何か彼女の気を惹くものはないかを考え始めた。数秒の沈黙の後、エリーは自らの手の中にいる少女へ作った笑顔で語りかける。
「ねぇ、フィニティ」
「……なんですか」
「貴方この前、シャータからもらったアイスキャンディーが美味しかったって言ってたよね?」
そういえば今購買部では、新商品のミルクアイスキャンディーが売れていると聞いたことがある。水の季節が近づいていて肌寒くなってきたというのに、周りの考えていることはよくわからん。そう思っていたハジメであった。
「大人しく注射を受けてくれたら、アレ買ってあげる」
「……!」
フィニティは一瞬目を輝かせるものの、そう簡単に言いなりにはなるまいと、すぐにその輝きを瞳の奥底に隠そうとした。尤も口元が緩んでいるため、彼女の思いはバレバレであったが。
「そ、そうはいきませんよ。約束は破られるものだってリーバさんが言ってました」
あの魔女、余計なことをフィニティに吹き込んで……。エリーは内心リーバに対して怒りの炎を燃やすものの、一旦今はその炎を消すように試みた。
「……じゃあ、二本買ってあげる」
「え」
「注射する前に一本。受けた後に一本。それならフィニティも納得できるでしょ」
「は、はい! やったっ」
先ほどまで抵抗の意はどこへやら。フィニティはまるで従順な少女になると、大人しくエリーに連行されていくのであった。
その様子を見届けてハジメは、誰にも聞こえない声量でボソッと呟く。
「あいつら、血も繋がっていないのに姉妹みたいだよなぁ」
短めエピソードなのでこれにて終了です。
次回更新は今度こそ日曜を想定しております。よろしくお願いいたします。




