EP3-9 - 甘言に乗せられる少女
中庭にあるベンチへ腰掛け、エリーは一人黄昏ていた。季節は火の季節が過ぎ、既に地の季節となっている。肌寒い風が吹き、徐々にエリーの体温を奪っていく。流石に上着くらい持ってくれば良かったかと、少女は少しだけ後悔した。
真横に顔を動かすと、天高く聳え立つ大木が見えた。風の季節の時には青々しく生い茂っていた葉が、今では全く残っていない。入学して初めてこの木を見た時はエリーがこの学校へ入学してくれたことを祝福してくれているように見えたのだが、今ではまるで追い返すように見えてしまう。お前はこの季節の間何をしていたのだ。この葉はお前だ。お前は枯れてこの学校を出ていくのだ。何故だかそう言われているような気分になってきた。
そうはなりたくない。だが、そんな未来も見えてしまう。エリーは魔力が足りない分、人より多く勉強をしないと良い成績を出すことができない。良い成績を出せないとこの学校から退学させられる可能性があるし、何より父の顔に泥を塗ることとなる。それだけはごめんだった。
「お父様のためにも頑張らないと……」
自分へ言い聞かせるようにブツブツと独り言を呟くエリー。色々な考えが、言葉が、思いが彼女の頭を支配していた。
――頑張らないと、お父様のために、それが自分のためにもなるのだから。そうだ、こんなことしている暇なんてない、戻って勉強をしないといけない。あぁ、でもあそこにはフィニティがいる。お父様はあの子を欲しがっている。私と違って。私と違って。私と違って。ずるい、羨ましい、ずるい、羨ましい……。
嫉妬と羨望の思いが少女の心の中を交錯する。彼女の意識は、段々とその心の奥底に潜り込んでいった。
――どうして私があの子じゃないんだろう。どうすればあの子になれたのだろう。ずるい、羨ましい。なんであの子は私に持っていない物を持っているのだろう。私もお父様に認められたい。お父様に必要とされたい。血のつながりだけでは駄目なんだ。それよりも必要なのは、才能なんだ。欲しい。魔力が、才能が。そのためならどんなことでもする。例えこの身がどうなろうとも構わない。私に必要なのは……。
少女の心が黒く染まっていく。あったはずの余裕が、白い心が消えていく。
そして真っ黒になった心は視界までも暗闇に染めていった。だからこそ、正常な判断というのができなくなっていた。
「お嬢さん」
少女の闇の中に響く声。それは幻聴ではなく、鼓膜を通して聞こえる外部からの声。
「何やらお悩みを抱えているようですが」
エリーが声の方へと顔を向けると、そこにいたのは黒いコートを着た一人の人間だった。深くフードを被っていることと、中性的な声のせいで性別がわからない。そんな素性がわからない怪しい人物と話してしまうのは、少女の心が闇に染まっていたからだった。
「誰ですか、あなた」
「お嬢さんの悩みを解決させられるもの、とでも言っておきましょうか」
「私の悩み? ……はっ、生まれ持った魔力を高められるとでも言うの?」
「はい。正にワタシは魔力を高める道具を売っている者です」
「え?」
そんなわけがない。人間が持つ魔力は生まれた時に決まっているはずだ。それが世界の常識だと、これまでのエリーは思っていた。
だが、目の前にいる謎の人物は魔力を高める道具を持っているという。普段ならばその言葉を疑うエリーであったが、この時だけは話を続きを望んでしまった。
季節ですが、残りの水の季節が冬になります。




