EP3-2 - 縁を作れない人々
危なかった。
エリー・サーベス十六歳。理事長の娘である彼女は睡魔と熾烈な戦闘を繰り広げ、辛くも勝利することができた。代償として午前の授業の科目のみ、ノートの内容が一部読み取れなくなってしまったが、居眠りをしたと周りに思われることと比べれば幾分かマシだ。あとは昼休みの時間中、自室に戻って仮眠を取れれば今日は乗り越えられるはず。往復時間を考えれば五分か十分程度しか睡眠時間は取れないが、仮眠なしで午後の授業に挑むのは無謀だ。教室で眠るなんてはしたないマネはできないし、急いで自室に戻るとしよう。エリーは席を立ちあがった。
「エリーさん聞きました? 購買部の看板娘のお話!」
しかし、そんなエリーの前に一人の女生徒が立ちはだかった。確か同じクラスのクラスメイトだったはずだが、全く名前が思い出せない。エリーにとって、それはいつものことだった。
彼女の父であるスーン・サーベスは、世界に名を轟かす有名な魔法使いだ。彼は元々魔法の研究者であり、研究を進める中でこれまでの魔法の原理を誰にでもわかるように言語化し、世界中の魔法使いを増やすことに貢献した。それだけではなく、魔法を使った機器や家具などの開発を行い、人々の暮らしの水準を上げることなども行ったのだ。現在のように魔法が生活の一部になっているのは、スーンという男がいたからと言っても過言ではないだろう。
そんな彼と接点を作りたい人間は多かった。エリーはその負担を被っており、彼女は自分が生まれた時から多くの人々から声を掛けられ続けてきた。勿論それはスーンへ近づくために行われた行為であり、今もなお続いている。この女生徒も同じだ。彼女は自分と仲良くなりたいのではなく、その先にあるスーンを見ている。
「えぇと、ごめんなさい。ちょっと私、今日は予定があって」
――あぁ、イライラする。よりによって今声をかけてくるのはやめてくれ。こっちは一秒でも長く睡眠をとりたいんだ。
「あら、そうなんですか。ごめんなさいわたしったら」
「ではこれで……」
「ところでどのようなご用事なのですか?」
――どうでもいいだろ。
思わず声に出してしまいそうだった。このようなことは日常茶飯事だ。だからこそ、平静を保つため体調管理には常に気を配っていた。昨日のことはイレギュラーだったのだ。
軽はずみでセンからフィニティを預かったことを心底後悔した。もうなるべく彼女とは関わらないようにしよう、そうした方が自分のためだ。エリーは心の中でそう決意したが、運命がそれを許さない。
「エリーさんいますか?」
フィニティ・フレインが、ひょっこりと教室の中を覗いていた。




