EP3-1 - 後悔のある選択
――引き受けるんじゃなかった。
教室の中で席に座り、頭を抱える少女、エリー・サーベス。彼女の目の下には立派な黒いクマが出来上がっていた。
昨日、とある事情でフィニティ・フレインという少女を女子寮にある自分の部屋へ泊めることにしたエリーは、彼女と一緒に一晩を過ごすこととなった。しかし、これはその日初めて出会った少女を部屋に泊めるだけ、などという単純な話にはならなかったのである。
――まさか彼女があそこまで自由奔放だったなんて。
フィニティはこれまでヤクノシュという山で暮らしていた。本人の話によると二年前までは自身の祖父母と暮らしていたというが、考え方を変えると彼女は二年前から誰とも関わらず一人で過ごしていたこととなる。つまり、他人と生活をするという一般常識が大きく欠けているのだ。
引き受けた時から多少の面倒は覚悟していた。寝相の悪さくらいはあるだろうと思っていた。しかし、現実というものは覚悟したはずの意識を軽々しく超えてくるのだと、エリーは十六という年齢で理解することになるのであった。
部屋にたどり着いたフィニティは、最初に出会った時のように視界に入るもの全てを珍しがった。そこまでは良かった。だが、彼女はそこが他人の部屋だというのに、部屋にあるもの全てを触り出したり、衣服が入っている棚を漁りだしたりした。ちょっと目を離した隙に机の上に置いていたデスクライトを軽々しく触られた時は、悲鳴のような絶叫を上げてしまった。そのライトはエリーの母親が入学祝いに買ってくれた少々高額なブランド品だった。
その後もフィニティはお風呂に入れようものなら抵抗し、歯磨きをさせようものなら抵抗し、布団に入れようものなら抵抗した。まるで幼児だ、私は保育士になるためにこの学校へ入学したわけではないのだが。そう思いながらエリーは、中々寝付かない少女を相手にしながら一晩を過ごした。その結果がこれだ。背後から睡魔に襲われながら、エリーは教室まで向かうこととなった。
今日の授業自体はエリーの苦手なものではないが、一日中座学での授業となっている。この睡魔と戦いながら授業を受けなければならないのかと思うと、気分が更に億劫となった。
「はぁいエリー。ご機嫌いかが?」
そんなエリーに声を掛けたのは、彼女のクラスメイトであり、同性の友人であるシャータ・スチャンだ。薄桃色の髪をストレートに伸ばしたシャータは、その明るい雰囲気や誰にでも気さくに対応できることからクラスの中でも人気があり、友人が多い少女だ。
「……シャータ。見ればわかるでしょう。絶不調よ」
「だろうね。一時限目のニドゥート先生なら寝ててもなんも言われないよ? あの人、うちの学校にしては珍しく優しいお爺ちゃんだし」
「ありがとう。でも、そういうわけにはいかないの。わかるでしょ?」
「はは、確かに。理事長の娘が授業をサボって寝てたってなったら、何言われるかわかったもんじゃないもんね」
ケラケラと笑うシャータ。それを見て、この学校の理事長であるスーン・サーベスの娘、エリー・サーベスは大きなため息を吐く。それと同時に、教師ニドゥート・デーネが教室に入って来た。授業が始まるのだ。
お父様に迷惑をかけるわけにはいかない、睡魔と戦う武器を手にしたエリーは、老人特有の眠くなるゆっくりとした声を聴きながら授業を受けることとなった。
エリーの親について、エピソード2時点で気が付いた方っていらっしゃるんですかね?




