EP2-3 - 存在しない魔法
治癒魔法。それは言葉の通り人や動物などの生物を治癒する魔法だ。病気や怪我、本によっては死さえも治す魔法だと定義されている。
この長い人類の歴史の中で、古来より多くの魔法使いが治癒魔法を探して研究を続けているが、未だその魔法の存在は証明されていない。もし存在するとしたら、それは奇跡が許される御伽話の中だけだ。
そしてそんな便利な魔法が発見されたとあれば、世界はひっくり返るだろう。人々は病気や怪我などを克服し、これまでより死に至る可能性がグッと低くなる。医者や薬学者は職を失い、魔法使いの需要と責任がより強くなるはずだ。露悪的で現実的な話を無視したとしても、死者が蘇るとなればこれまでの人類の人生観というものが壊れてしまうだろう。死んでも人生を再開できるのであれば、生も死も意味がなくなってしまうからだ。
その治癒魔法を使えるというのだ、この少女は。人類史上誰も使用することができず、人類の価値観を壊しかねない魔法を。
「あのー、どうしました?」
呼びかける声が聞こえないほどにセンは深い思考に陥っていた。
治癒魔法が使えるなんてありえない、そうセンは考えていた。彼女が自分一人で治癒魔法を見つけたとは思えないし、だとしたら誰かが彼女にその魔法を教えたはずだ。恐らく彼女を育てたという、彼女の祖父母である可能性が高い。だが、多くの魔法使いが探しているその魔法を見つけたのならば、それを世間に公表するのではないだろうか。そうすることで偉大なる魔法使いとして歴史に名を刻み、富と名声を得ることができるからだ。
反対にこれまでの人類の人生観を守るため、世間に公表することを避けたのだとしたら、わざわざフィニティに治癒魔法を教える必要がない。つまり、彼女が治癒魔法を使えるとは考えにくい。フィニティが違う魔法のことを治癒魔法と勘違いしている可能性の方が高いだろう。仮にそうだとすると、ならば自分にかけられた魔法は何なのかと、別の心配事が増えてしまうが。
しかしフィニティには謎が多いのも事実。そして彼女を育てた祖父母も謎な人物であり、よくわからない理由で失踪したこともまた事実なのだ。現に自分は、自然には治らない植物の毒を喰らい、生きている。ならば彼女は本当に治癒魔法を使えるのか?
「いや、信じられないんだ。君が治癒魔法を使えるということが」
「そう言われても」
困惑するセンとは対照的に、自然な表情のままのフィニティ。
「そうだ、ここで使って見せてくれ。実際に魔法を目にすれば納得できるかもしれない」
「え、何を治せばいいんです?」
「僕が今からトゲデビリリに触れる。だからそれを君が治してくれ」
「……なに言ってんの?」
表情が軽蔑のそれに変わる。
「わざわざケガなんてすん、……しないでください!」
口調が変わるほど感情的になるフィニティ。怒った彼女はプイッと顔を背け、大股で山を下りていく。
――あぁ、悪いことをした。
彼女の言ったことは至極全うである。自らの知的好奇心のために体を傷つけるなんて愚か者のすることだ。治癒魔法はそんな愚か者のために存在するわけではないはずだ。
センは心の中で自らの振る舞いを反省してフィニティを追いかける。治癒魔法については、いつか余裕がある時に聞いてみることにした。
ようやく次の話で街まで行けそうです。




