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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

オススメ短編・中編

悪女と言われましても、今さらですけれども。

作者: 砂礫零

「アンゼリカ・シャルロット! キサマとの婚約を破棄するッ! 」


「ああ、どうか、そんなことをおっしゃらないでぇ、ドナウト様ぁ」


 卒業パーティーの会場で急に宣言された王太子殿下の腕に、わたしは必死で取りすがりました。


「アンゼリカ様がぁ、あまりにもお気の毒ですわぁ」


「よしよし、優しいキミが心を痛めることはないよ。愛しのマリアーナ」


 ―― おおいにあるわっ!

 わたしの胸の谷間をチラ見しつつ鼻の下をのばす王太子殿下に裏拳をくらわしたい衝動と闘いつつ、わたしは説得を続けます。


「ですけどぉ、王家と公爵家の婚約が簡単に破棄できませんことなんてぇ、男爵の娘のわたしにもわかる常識ですわぁ、ドナウト様ぁ」


「だからさ…… わざわざ公の場所で宣言する必要があるんだ。何度も言ったろう? ボクの真実の愛はキミのものだ、愛しのマリアーナ」


「わたしなんかにわぁ、ドナウト様から真実の愛をいただけるようなぁ、価値なんて全然ん、ございませんわぁ」


「ああ。キミはなんて謙虚で素晴らしいヒトなんだ、マリアーナっ! キミのようなヒトとこそ、ボクは真実の愛を貫きたいんだッ! 」


 ―― その前に周りを見てくださいよ、このスットコドッコイ。

 王太子殿下の婚約者にして公爵令嬢のアンゼリカ様はショックで青ざめよろけて 「わたくしはこれまで殿下と良い関係を築こうと努力しておりましたのに……」 と呟いておられるわ、周囲の取り巻きたちはこちらに非難の眼差しを某海賊ゲーム並みに突き刺しまくってくださるわで、まじにいたたまれないんですけど。


 ―― そもそもわたし、王太子殿下とか趣味じゃないし、王太子妃になりたいなんて思ったこともありません。

 商人であるわたしの父が商売上の利益を狙って男爵位を取得し、そのあおりで貴族たちが通うこの学園に転入したその日から、生徒会長でもある王太子殿下になぜか目をつけられただけなのです。

 しかも、王太子殿下だけではなく、生徒会役員の侯爵令息や伯爵令息、はては顧問のメガネザル先生まで。

 みなさんそれぞれにかなりの美形ですけれども…… 婚約者がいたりする身でありながら目の色変えてよその女を追いかけまわすようになった時点で、やたらとキラキラしいオーラをまとったサルの群れにしか見えなくなりました。

 けれどもどんな言動をされても、わたしにできる精一杯は、やんわりと断り、逃げるだけ。

 だってわたしより身分が上のかたたちのお気持ちを傷つけたりしたら、不敬罪に問われてしまいかねませんから。父の商売に差し障りがあっても、困りますし。


 このような状況ですので、いまここで、 「ボクの新しい婚約者を紹介しよう! マリアーナ・フォルツァ男爵令嬢だ! 」 と身に覚えがない婚約者宣言をされたとしても……

 わたし、こう申し上げるしかないのです。


「そんなぁ。婚約者だなんてぇ、おそれおおいですわぁ。わたしなんてぇ、アンゼリカ様の足元にも及びませんのにぃ」


「そんなことはないよ、愛しいマリアーナ。キミはアンゼリカの720倍も素晴らしいヒトだよ。ボクの計算に間違いはないッ」


 ―― 読解力も計算能力もないだけなのでは。周囲を見る目もないみたいですし、それで王太子だなんて、よくぞこれまで胸を張って生きてこられましたね? 生徒会って脳ミソはなくてもご身分だけで運営できるんですね。


 毒吐きたいのですが、実際にわたしができるのは 「でもぉ、アンゼリカ様は公爵令嬢ですしぃ…… 」 と消極的に抗議するだけ。

 こんな抗議、もちろん即座に踏み消されるだけなのですけれどね。ああ虚しい。


「ああしてどの男性にも色目使って」

「ほんとうに、サカリのついたメス犬のようね」

「みっともない。乳牛みたいな胸をあんなに見せびらかして」

「媚びた口調が気持ちわるいわ」

「ほんと。場末の頭悪い娼婦のようね」


 ―― 乳がでかくなったのは単なる遺伝だし、きちんと隠せるサイズとデザインのドレスをオーダーメイドしてもらえないだけで見せびらかしたいわけじゃないし、口調は父が中央に進出する前に住んでいた地方のなまりがどれだけ練習しても取れなかっただけ。

 好きでこんなふうになったわけじゃないわ!


 周囲の陰口なんか気になさらないようすで、王太子殿下はビシリと公爵令嬢を指さしました。


「アンゼリカ! キサマはマリアーナをイジめただろう! それだけでも、王太子妃にはふさわしくないッ! 」


「わ…… わたくしはそのようなこと…… 」


「そうですわぁ。アンゼリカ様はぁ、そんなこと、なさいませぇん」


 青ざめた公爵令嬢が細い声で抗議するので、わたしも王太子殿下の腕に取りすがりながら援護しました。ところが。


「ふっ……! これが、キサマのメイドがマリアーナを階段から突き落とした証拠だ、アンゼリカ! それからこれは、同じくキサマのメイドがマリアーナの足をひっかけて何度も転ばせた証拠。そしてこっちが、キサマの友人たちがマリアーナに生ゴミを被せて足蹴にし、嘲笑った証拠……! 異論はあるか!? 」


「わ、わたくしはそのようなこと…… 」


「そのとおりですわぁ。アンゼリカ様のせいでは、ございませんわぁ」


 ―― そう。公爵令嬢が命じてさせたわけではありません。ただ、公爵令嬢のために怒った周囲が勝手にしたことを、アンゼリカ様は止めなかっただけなのです。

 王太子殿下にこれだけの情報収集能力があったのは、少し意外でしたが……

 まあ、ヒトの話に耳を傾けないおかたには無駄な能力、と言わざるをえませんね!


「うるさい黙れッ! 」


 再び、ビシリと公爵令嬢を指さす王太子殿下。


「アンゼリカ! キサマはイジメの首謀者として即、投獄だ! 衛兵! 」


「それは聞き捨てなりませんね、兄上」


 包み込むようでありながら爽やかさもある、男らしい低音イケボが聞こえたのは、そのときでした。

 ―― パーティー会場の入り口で、なにやら証書らしきものをかざしているのは、王太子殿下の弟君。第二王子のイョルク様です。


「公爵令嬢を投獄する必要はない」


「なんだと……!? 」


「兄上はたった今、王位継承権及び王族の身分を剥奪されて平民になりました。同時に私が継承権第一位として王太子になりました」


「何を言うんだ、イョルク! 」


「身勝手に婚約破棄などなさったからですよ、当然でしょう? 知らせを聞いた父上(国王陛下)はカンカンです。罰として、兄上は辺境に追放…… そして」


 ほっとしたのも束の間。

 イョルク様のアイスブルーの瞳が、今度はわたしをとらえます。


「魔術を使い学園に混乱をもたらしたその女は、国外追放だ! 衛兵、連れていけ! 」


「そんなぁっ! わたし、悪いことは何もしておりませぇん! 」


 ―― こんなときでもバカっぽい口調が、我ながら憎い。


 わたしは衛兵に両腕を掴まれて、ずるずると引きずられていきました。

 遠ざかる視界の隅ではイョルク様が、アンゼリカ様の前にひざまずいておられます。


「アンゼリカ……! つらい思いをさせて済まなかった。これからは、どうか私にあなたを守らせてほしい。実は私は、あなたのことをずっと前から愛していたのです……! 」


「あの…… わたくしも…… です」


 ほおを染めてうなずくアンゼリカ様の手を取り、イョルク様は優しくキスをされ ―― って。


 ええええええ!? 秒で乗り換え完了なんですかアンゼリカ様!?

 こう言っちゃなんですけど……

 ど っ ち が ビ ッ チ な ん !?


 わたしは驚きのあまり気を失ってしまいました。


 ―― 次に気づいたとき。

 わたしは、なぜだか最高に座り心地の良い玉座の上におりました。

 いつの間にか、まばゆいばかりの宝石に彩られ繊細な刺繍が施された胸が完全に隠せるホルターネックのドレスを身にまとっています。

 周りには、山のように積まれた贈り物 ―― ひとめで最上級とわかるドレスや靴、見事な細工のジュエリー、それに美味しそうなお菓子。

 そして、これまで見てきたどのかたよりも美しく完璧な造形のかたたちが、わたしにかしづいてくれているもよう。


「お目覚めになった……! 」


「ああなんと。夕闇の空の瞳の美しさに胸が震えそうです」


「素晴らしい…… お眠りのときには月のような癒しと安らぎを与えてくださっていましたが、目覚められるとさらに…… 」


「ええ。まるで宵の明星のように輝き、元気を与えてくださるご尊顔……! 」


「顔だけではなく、お姿も…… この世のあらゆるものを凌駕して究極かつ至高……! 」


 ―― このかたたち、自分が何言ってるのかわかってる?


 やたらと誉めちぎられ、なにかひとこと言うたびに感涙され、少しでも動こうものなら感嘆されつつやっと話を聞き出したところによると、ここは魔族の国。国外追放、まさか人外にされるとは思っていなかったわ。

 ―― けれども、なるほど、それならば完璧美形揃いなのもうなずけます。なにしろ魔族はヒトをたぶらかし誘惑していろんな意味で食べちゃう存在ですから。


「なにか、わたしは通常のヒトと扱いが違うようなのですが…… 」


「魔族のなかで、あなたさまを崇めたくならない者はおそらく存在しないでしょう」


 黒髪に白い滑らかな肌に力強い紅の瞳、均整のとれた目鼻立ちと細マッチョ体型。天才彫刻家がウン十年かけて作りあげたようなイケメン魔族が説明してくれたところによると、わたしはどうやら生まれつき、神様もビックリなレベルの魅了魔法の持ち主なのだそう。

 この世界では、魔力持ちほど魔法に反応しやすい。とされています。

 ―― だから、もと王太子含め魔力が高めな高位貴族の子息たちが総入れ食い状態になってしまったわけですね。

 魔力が無い平民の学校に通ってたときにはなんともなかったので、まったく気づいていませんでした。

 ―― 正直、こんな能力いらなかった……


 気を失ったまま身ひとつで魔族の国に放り出されたにも関わらずわたしが無事なのは、持って生まれた魅了魔法のおかげではあるのですけれど。 


「この私もあなたに惹かれたひとりです、マリアーナさま…… いえ、私以上にあなたを愛している者はこの魔界、いえ、世界中どこを探してもいないでしょう…… あなたのためなら胸を開き、この心臓の3つや4つ、差し出してもかまいません」


 それ以降、説明係の超絶イケメン魔族 ―― 実のところはこの魔界随一の実力者である公爵様は、ことあるごとにわたしと距離をつめて、かきくどいてくるようになりました。


「その愛って、わたしの魅了魔法のせいなんですよね? つまり騙されてるのに、いいんですか? 」


「騙されているのではなく、あなたの実力に心奪われているだけです。自信を持ってください。あなたは誰よりも魅力的だ」


 ―― ものは言いよう。


「いえいえいえ。わたしずっと、乳だけのメス牛だとか男に色目使うしか能のないアバズレだとか言われてきたんですよ? 最終的には父にも見捨てられたみたいですし…… 」


 ―― 風の噂では、わたしが断罪ざまぁされたあと父は 『こんな娘は知らない。あまりにも品行不良で困ったのでとっくの昔に勘当した』 と言い切ったそう。

 良い判断だとは、わたしも思います。

 口調だけは魔界に棄てられて以来なおってきたものの、ほかはそうでもない相変わらず役立たずの娘。

 そんな娘のせいで、せっかく手に入れた爵位を取り上げられるのも、商売に差し障りがあるのもいけませんもの ――


 話してるとつい、涙がじわりとにじみそうになってきました。

 あわてて、たくさんまばたきをするわたしを、魔族の公爵様はじっと見ておられましたが、ふいに立ち上がりました。


「すみません、もう失礼させていただきますよ」


「あ、はい。ありがとうございました」


 お礼を言い終わる前に、公爵様の姿は消えてしまっていました。

 いつもならもっと、別れを惜しんでくださるのに……。


 ―― わたしみたいな者が暗くめそめそ泣いてしまっては、いくら公爵様でも嫌になってしまわれたのかも。


 どうせ魅了魔法の力、と斜にかまえていたのですが、公爵様はずいぶんと、わたしの心を救ってくださっていたようです。


「…… いまさら気づいても、遅いですよね」


 公爵様が消えた空間をみつめ、自嘲気味に呟いたときでした。


「我々の間に遅いなどということはないよ、姫君」


 再び現れた公爵様は、言うなりわたしを横抱きにしてくださいました。

 ―― 魔族のかたも、体温はあるのですね。


 抱えられたまま空を飛び、祖国の上空へ ――

 

 わたしは、目を疑いました。

 

 王城があったはずの場所は、なにもない更地になっていました。

 いくつかの見知った貴族の館も、父が暮らしているはずの商館も、すべて、最初から無かったかのようにさっくりと消えています。


「助けて」 「ここから出すんだ! 」 「助けてくれ……! 」



 うめくような声に見れば、上空につくられた亜空間とでも呼ぶべき檻のなかに、たくさんの王族・貴族のかたたちが詰め込まれています。

 イョルク様にアンゼリカ様、彼らの取り巻き、父とドナウト様もいらっしゃいますね。

 押し合いへしあい、我先に手を伸ばして助けを乞うていらっしゃるのがまるで、餓えた豚さんのようですこと。


「時間はたくさんある。じっくり考えて、マリアーナの好きなように料理なさい」


 檻のなかからは、わたしがいることに気づいたのでしょう。

 助けてくれ、という叫びの中に 『魔族に身を売るとは! とんでもない悪女だな! 』 『あのとき処刑しておけばよかった』 という声が混じりだし、あっという間に大きくなります。


 ―― 悪女と言われましても、今さらですけれども。



 公爵様がわたしの耳に口をつけ、甘い声で囁きます。


「私のプレゼントは気に入ってくれたかな、姫君? 」


「ええ、とっても」


 わたしは公爵様の首に腕を回し、芸術的なまでに形の良いあごに口づけて微笑みました。

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[良い点] まさかのエンドでした!面白かったです! 秒で乗り換えるに、ふきましたw 面白かったです!(二度目)
[良い点] コミカルな筆致とは裏腹なドロりとした黒さ♪w  ラストシーン、背景黒ベタで酷薄媚笑を浮かべる主人公のアップで脳内再生されますたwww
[良い点] 現実を思い出してしまいました…… 興味もないのにやたらモテて、男と付き合ったこともないのに勝手な噂をばらまかれて…… 美人には美人の苦労がありますわなーー するとなんと! そのような理由…
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