第71話 勇者を終わらせた歌
魔王さんの話を聞いていたら、気が付かない内に元の姿に戻っていた。
どうやら纏蝶さんに貰ったアイテムの効果には時間制限があるようだ。
魔獣の姿では燐火ちゃんのお家に帰れなかったから、元に戻れて良かったよ。
期待しないで聞き始めたけど、魔王さんの過去話は面白かった。
異世界から召喚された勇者の悲劇。
そして、その悲劇を繰り返さない為に魔王の元に集った四天王達。
カッコ良かったなぁ。
特に四天王最弱のバルンシーが最高だった。
元四天王最強だったのに、勇者と魔王の伝承を消し去る為に吟遊詩人となり、徐々に戦う力を失っていった所は寝ぼけていたプレナですら感動していた。
勇者と魔王の伝承を語り継いでいた吟遊詩人を一人残らず抹殺しようと決意した魔王さんを止めた時のセリフが思い浮かぶ。
「不幸を生み出す伝承はこの手で終わらせます。だから魔王様が手を汚す必要はない! 世界を変えるのは武力だけじゃない! 自分が歌で戦います!」
そして生まれた新しい音楽ユーシャビート。
魔王さんの世界では勇者とは音楽のジャンルを意味する言葉になったのだ。
もう異世界の若者が召喚されても、勇者となり人類の敵である魔王と命をかけて戦う必要はないのだ。
僕も魔王さん達みたいな凄い戦いをしてみたいと思うけどムリそうだな。
どんな敵が出て来ても燐火ちゃんの魔法なら一撃で終わっちゃうからね。
平和なのが一番良い事だから一撃で解決出来るのは良い事なんだけど、どうしても手に汗握るバトルに憧れちゃうんだよね。
そうだ!
この前図書館で売っていたバルンシーさんの新曲を買ってもらおう。
燐火ちゃんも四天王最弱のバルンシーさんがお気に入りだから気に入ってもらえると思うし。
さて、もう日が暮れているし、そろそろ帰ろうかな。
「魔王さん、今日はありがとうございました。楽しかったです」
「俺様も楽しめたぜ!」
「俺っちも美味しかったよ」
「そうか。それは良かった」
プレナだけポップコーンのお礼のような気がするけど、魔王さんが喜んでいるから気にしないでよいかな。
「またね!」
「またな」
「じゃあね~」
「気を付けて帰宅するのだぞ」
僕達は魔王さんに別れを告げて公園を後にした。
お家に帰った後、早速燐火ちゃんにバルンシーさんの曲が欲しいとお願いする事にした。
「燐火ちゃん、前に図書館で売っていたバルンシーさんのCDが欲しいんだけど……」
「お小遣い足りないから、あれは買えないよ」
「そうなんだ……残念だけど諦めるよ」
「代わりにコレはどうかな?」
燐火ちゃんが差し出したCDのジャケットには見慣れたイラストが描かれていた。
これは燐火ちゃんが大好きなMMORPGのサウンドトラックだよね。
しかも大魔導士フラマ・グランデバージョン……
燐火ちゃんは何でこのCDを出して来たんだろう?
「燐火ちゃん、僕はバルンシーさんの熱い音楽が聴きたいんだよ。燐火ちゃんが好きなゲームの音楽じゃなくてね。せっかくお勧めしてくれたけど、そういう気分じゃないんだ」
「テプちゃん、作曲家の名前見た?」
「作曲家の名前がどうしたの?」
『作曲、編曲 風船海』と書かれている。
風船海……誰?!
「全く心当たりがない人だけど、この人がどうしたの?」
「テプちゃん、バルンシーさんの曲が聞きたいって言ってたのに知らないんだね。ファンなら、もっと興味をもった方が良いと思うよ」
「何を?」
「風船海って、バルンシーさんが楽曲をゲーム会社に提供する時の別名義だよ。だから、このサウンドトラックに収録されている曲は、バルンシーさんが作曲しているんだよ。聞いてみる?」
「うん」
燐火ちゃんがCDをしまった後、音楽プレイヤーを取り出した。
あっ、そういう事か。
既に音楽プレイヤーのフォルダに曲が入っているんだね。
さっきは何でCDを取り出したんだろうね。
さり気なく大魔導士フラマ・グランデバージョンを自慢したかったのかな……
ワクワクしながら待っていると、シンプルなリズムのドラムと複雑なメロディーラインの電子音が鳴り響いた。
デデン、デデデン、デュルルルル~ン!
バルンシーさんの曲だ!
ドン、ドン、ドン、ドン!
僕は曲のリズムに合わせて前足で床を叩いた。
作曲者の事を知っているだけで、こんなにも楽しく曲を聞けるとは思わなかったなぁ。
「ねぇ、燐火ちゃんのオススメはある?」
「フラマ・グランデ様のテーマ曲の大魔導士と、最強魔法修得のテーマ曲の紅 蓮 躑 躅。あとはチュートリアル2って曲がオススメだよ」
「チュートリアル2? 他の曲は分かるけどチュートリアルの曲が何でオススメなの?」
「チュートリアル1は基本操作の練習で面白くないんだけど、チュートリアル2は戦闘訓練なの。この時の曲がカッコよくてね、この戦いから私の伝説が始まるんだって気分になれるんだよ」
「曲名は地味だけど凄い曲なんだね! 早く聞こうよ燐火ちゃん!」
「テプちゃん、始まめるよ! わたしたちの冒険を!!」
ノリノリの楽曲が再生された。
最高だな~。
この時間が永遠に続けば良いのに……
「燐火! テプちゃん! 近所迷惑になるから静かにしなさい!!」
パパさんに怒られて、僕らの永遠の時間は一瞬で終わりを迎えたのであったーー




