第6話 燐火ちゃんの魔法
どうすれば目の前の魔女から逃げきれるだろうか……
「あれっ、テプちゃんだ。おはよう」
振り返るとランドセルを背負った燐火ちゃんがいた。
何でこんな最悪なタイミングで燐火ちゃんが現れるんだよ!
「燐火ちゃん逃げて! 僕が囮になるから!!」
「無駄よ。私が逃すわけないでしょ。折角美味しそうな子供が出て来たんだから」
魔獣の腕の魔女が舌なめずりをした。
「燐火ちゃんは僕が守る」
「このセイント・ジャスティスが命をかけて通さない!!」
僕と増子さんが燐火ちゃんを庇うように前に出た。
増子さんが燐火ちゃんを守ろうとしてくれたのが嬉しい。
まぁ、僕と一緒で全く役には立たないだろうけど……勇気は認めるよ。
「素敵な友情ね。そんなに仲が良いなら、私の胃袋の中で仲良く暮らすと良いわよ」
魔獣の腕の魔女が腕を僕達の方に向けた。
腕先の魔獣の口が開かれ、恐ろしい叫び声を上げた。
怖い……でも頑張る!
背後にいる燐火ちゃんを守るんだ!
「オハコとしず子さんは燐火ちゃんを連れて逃げて!」
「おいテプ。お前らだけで足止め出来るのかよ?」
「私は逃げないですよ~。悪さをする子にはゲンコツです!」
オハコとしず子さんは逃げないようだ。
プレナはとっくに逃げているけど……
アイツの契約者が勇気の魔法少女なのが皮肉だな。
「そろそろ食べさせてもらうわよ。もちろん全員! ハハハハッ!」
「クククッ!」
笑い声が響き渡った……背後からも?!
振り向くと、燐火ちゃんが満面の笑みを浮かべていた。
「れあどろっぷ~」
「えっ、レアドロップ?」
「そうだよテプちゃん。珍しい敵は凄いアイテムを落とすんだよ」
燐火ちゃんが嬉しそうに言った。
「ゲームじゃないんだよ! 魔法を使えない燐火ちゃんが戦える相手じゃないんだよ!」
「魔法なら纏蝶さんのお陰で使える様になったよ」
「本当に?」
燐火ちゃんが百怨ショップで変貌した変身ブローチを掲げると、みすぼらしい杖が現れた。
「ほらね。フラマ・グランデ様と同じ愚者の杖が出せる様になったんだよ。魔法も使えるよ!」
燐火ちゃんが嬉しそうに杖を振り回した。
その姿は僕が望んだ魔法少女とは違っていて、少し残念ではある。
それでも無邪気に喜ぶ燐火ちゃんを見ていると嬉しい気持ちになった。
燐火ちゃんが攻撃魔法を使えたら、魔女から逃げる時間を稼げるかもしれない。
僕は燐火ちゃんの可能性に賭ける事にした。
大魔導士に憧れる気持ちが奇跡を起こすかもしれないから。
「燐火ちゃん、相手は凄く強い魔女なんだ! 一番強い魔法を使って! 攻撃魔法で怯んでいる間に逃げるから!!」
「最強でいいんだね?」
「そうだよ、全てを滅ぼすつもりで! この一撃に全てをかけて!!」
「分かったよテプちゃん! 大魔導士フラマ・グランデ様の最強魔法を使ってみる!!」
燐火ちゃんが愚者の杖を掲げた。
奇跡よ起きろ!!
少し変わっているけど、純朴な目の前の少女の命を救ってよ!
僕が願っている隣で、燐火ちゃんが高らかに詠唱を始めた。
開闢より受け継ぎし原始の力
連綿と続く魔道史において 比類なき永遠の炎よ
我ここに示す
真なる炎を前にして 滅せぬものは存在せぬと
万物を構成せし五行の力をもって顕現せよ
燃え上がる恋のごとき灼熱の花
「咲き誇れ! 紅 蓮 躑 躅!」
燐火ちゃんの詠唱が終わると同時に、空に五芒星が浮かび上がった。
そして五芒星の中心から五つの先端に向かって、炎の花弁が生まれた。
空に浮かび上がる深紅の炎で出来た躑躅。
それは魔獣の腕の魔女に触れる事は無かった。
振れる事すら無く、魔獣の腕の魔女は消滅したのだーー
終わった……世界が……
僕は燐火ちゃんの魔法に恐怖した。
起きたのは奇跡ではなく、絶望そのものだった。
炎の魔法など初級魔法だと思っていたし、水や氷の魔法で簡単に防げるものだと考えていた。
だけど目の前の魔法は僕の考えている火とは異なる概念のものだった。
可燃性の物質だけではなく、存在そのものを燃やし尽くす神の炎。
それが紅鳶町の空を焼き尽くしている。
世界を滅ぼしたのは魔女ではなく、僕が選んだ魔法少女でした……ってオチですか?!
「やったよテプちゃん! フラマ・グランデ様にしか使えない最強呪文が使えたー。 これで私も大魔導士だね!」
「は、早く止めてよ燐火ちゃん! 世界が滅ぶ!!」
「えーっ。せっかく使えたのになぁー。えいっ」
燐火ちゃんが愚者の杖を振り下ろすと同時に魔法が止まった。
だが、紅鳶の惨状は消えない。
ど、どうしよう?
「燐火ちゃん。道路やビルまで壊しちゃダメですよ~」
「ごめんなさい」
「反省しているなら、これを持って謝りに行きましょう? 勇気さんも手伝ってね」
しず子さんが何故か持っていた『じょうろ』を燐火ちゃんと増子さんの二人に手渡した渡した。
3人がじょうろの水をかけると道路やビルが次々に直っていく。
世界を救って、じょうろで平和に水を撒く。
これが僕達が望んだ未来……な訳あるかぁー!