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第56話 楽しい温泉

 条さん、魔王さんと別れてて帰宅した後、僕は燐火(りんか)ちゃんに温泉旅行に行く話をした。

 燐火(りんか)ちゃんが友達との旅行を楽しんできてねって言ってくれて良かった。


 魔王さんと約束した土曜日。

 僕達は条さんが借りたレンタカーで温泉に向かっていた。

 条さんが運転する事が温泉旅行に連れて行ってくれる条件だったからだ。

 魔王さんは普段の仕事は飛行で移動しているから免許持っていないんだって。

 空を飛びながら通勤って大丈夫なのかなぁ。

 通勤手当も保険もなさそう……

 気にしたら負けかな。

 魔王なんだから規格外なのが普通だよね。

 そんな事を考えていたら山奥の旅館についていた。

 旅館についてすぐ、案内された部屋に条さんたちが荷物を運び始めた。

 僕の持ち物は纏蝶(てんちょう)さんから入手した謎のアイテムだけだからやる事はないんだよね。

 特にやる事はなかったけど、(おもむき)がある建屋に興奮(こうふん)して意味もなく廊下(ろうか)を往復しながらてしまった。


「テプ殿。温泉に入りましょう」


 条さんが手招きをして呼んでいる。


「うん、でも温泉に入るには少し早い気がするけど」

「テプ殿は走りまわっていたから少し汗をかいたと思ってね。夕食はスッキリしてからの方が良いと思ったんだよ」


 条さんに言われて気づいたけど、確かに汗まみれになってるなぁ。

 先に温泉に入った方が良いね。

 僕は廊下(ろうか)から部屋に戻った。


「わかりました!」

「それなら我が女将さんに話をつけておこう」


 魔王が部屋を出て行った。


「条さん、話をつけるって何の事ですか?」

「テプ殿が温泉に入って良いかですよ。妖精と言っても伝わらないですからねぇ。この時間なら誰も入らないから貸し切りにしてもらおうって相談するのですよ」

「そうだったのですね。気を遣わせちゃいましたね」

「気にしないで良いですよ。魔王さんも最初から理解していて誘っているのですから」

「うん」

「16時からの1時間だけ貸し切りにしてくれたぞ。行くぞ」


 魔王さんが戻って来たので三人で温泉に向かった。

 温泉の入口には貸し切りと分かる様に看板が掛けてあった。

 魔王様一行貸し切りか……妖精なのに魔王様一行になってしまったよ……

 女将さんはどんな気分でこれを書いたのだろう?

 少し気になったけど、早く温泉を満喫(まんきつ)したいから忘れよう!

 更衣室で二人が服を脱ぎ、3人で浴室に入った。

 最初に条さんが体を洗ってくれた。

 ボディーソープで泡塗(あわまみ)れになっている姿が鏡に映っている。

 羊さんみたいだなぁ。


「準備出来たぞ。テプはこっちだ」


 浴槽の隣に大きな(おけ)が置いてあった。

 直接浴槽に入れないから、(おけ)に湯をくんで準備してくれたんだね。

 条さんがシャワーでボディーソープを洗い流してくれた後、僕は(おけ)の中に飛び込んだ。

 じんわりと体が温まる。

 これが温泉かぁ。

 いつものお風呂とはちがうなぁ。

 妖精で良かった。

 僕がウサギさんだったら温泉に入れなかったからね。

 条さんと魔王さんも温泉に入った。


「疲れがとれますなぁ」

「我は疲れないけどな。定命(じょうみょう)のものたちには効果的だろう」

「僕も寿命は長いですけどね。魔王さんは不老なんですか?」

「当然だ。我は不老だよ」

(うらや)ましいですね。私は最近肩こりが(ひど)くてね。年は取りたくないものですよ」

「体は年を取らなくても心はすり減るものさ。不老というのも楽ではない」

「魔王さんも苦労があるのですね」

「魔王さんの苦労話を聞いてみたいですねぇ。いつも私のは聞いてもらっているけど、魔王さんの話は聞いた事が無かったですからね」

「良いだろう。堕神歴(だしんれき)6311年、時の皇帝タルディアス二世が長きに渡る戦争を終わらせる為にバルギノルと金剛協定(こんごうきょうてい)を結んだ。金剛協定(こんごうきょうてい)によってバルギノルとの戦争は終わったが問題が起きた。ネイラスティアの地にバルギアン達が自由に出入り出来るようになってしまったのだ。戦争では互角であったが、個人の力が劣るネイラスティアの民は犯罪を犯すバルギアンに対抗出来ないでいたーー」


 どうしよう。

 魔王さんの話が長い。

 しかも何を言っているのか分からない。

 寿命が長くなると、話も長くなるのだろうか……

 30分以上話を聞いているけど、まだ魔王さんが登場していないよ!


「テプ殿。魔王さんの話を聞いていたら大分時間が経ってしまったけど、湯加減は大丈夫ですか?」


 条さんは何を言っているのかな?

 さっきから定期的にお湯をかけてくれているじゃないか。

 何気なく条さんを見たら違和感を覚えた。

 両手が浴槽に浸かっている?!

 なら、今僕にお湯をかけてくれているのは……条さんに寄生しているサキちゃんだよね。

 一瞬ホラー展開を想像してゾッとしたよ。

 いや、寄生虫がお湯をかけている時点で十分ホラーなのかもしれない……


「そろそろ時間だから出ましょうか」

「仕方がない。レコラディンの乱までしか話せなかったのは残念だが、貸し切り時間は守らないとな」


 浴室から出て、条さんにバスタオルで体を拭いてもらった。

 そして、条さんと魔王さんが浴衣に着替えてから更衣室を出た。

 温泉でのお話は楽しかったなぁ。

 魔王さんの事は何一つ分からなかったけど。

 殆ど一人で話していたのにね。

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