第31話 魂の在処
今日の放課後は増子さんの喫茶店に立ち寄った。
久しぶりにしず子さんからお誘いがあったからだ。
僕と燐火ちゃんが入店すると、しず子さんがいつもの席に座っていた。
「燐火ちゃん、テプちゃん、お疲れ様ですよ~」
良かった。
今日はいつものしず子さんだ。
どうやら番長時代の性格に戻るのは、昔の知り合いといる時だけのようだ。
僕と燐火ちゃんも席に着いた。
「今日私がみんなを呼んだのはね。ネクロマンサーについて話をしたかったからなの」
「その事なら知ってますよ。燐火ちゃんの勘違いだって。詩音さんも勘違いされて災難でしたね」
う~ん、何だろう?
しず子さんの反応がおかしい。
「テプちゃん、私は真面目な話をしているのよ~。昨日、詩音を問いつめたら分かった事があるの。ネクロマンサーが隣町で暗躍していたってね~」
ふ~ん、本当にネクロマンサーが活躍してたんだ……ええええええっ!
そんな事ってある?!
「詩音さんって魔道具を使っていた人ですよ。死霊も扱えるのですか?」
「扱えないわよ~。彼女が扱えるのは魔道具だけだから。しかも粗悪品」
「えっ、粗悪品! 魔道具に粗悪品とかあるのですか?」
「あるわよ。詩音が販売していたのは、粗悪品の魔道具だから」
「販売? 魔道具って売っているんですか?!」
「売っているわよ。密売のようなものだけどね~」
「密売!! やぱっぱり儲かるからですか? 詩音さんはお金を欲しがっている様に見えましたけど」
「儲からないわよ。末端の販売員は儲からない仕組みだからね」
「えっ……」
魔道具の密売の世界でもマルチ商法ってあるの?!
怖いよこの世界。
詐欺被害の心配までしないといけないの?
魔法王国の方がピュアで安全な世界だったよ!!
「テプちゃんには難しい話だったかしら~」
「いえ、分かっているから絶句しただけです。燐火ちゃんとオハコは聞いていないみたいですけど……」
燐火ちゃんとオハコは既に居眠りしていた。
オハコはうるさいから寝ていてくれて有り難いけど、燐火ちゃんには起きていて欲しかったな。
これからネクロマンサーの情報を教えてもらうんだからさ!
「起こしたら可哀そうだから、そのままにしておきましょ。それでね、詩音が魔道具を売った相手にネクロマンサーがいたのよ。隣町の廃ビルを拠点にしているから倒しに行きましょ~」
「そんなに気楽に言わないで下さいよ。燐火ちゃんを危険な所に行かせられないですよ」
「危険ね~。燐火ちゃんが一番強いと思うけどなぁ~」
「その通りですけどね。出来るだけケガをさせたくないですよ」
「私の魔法で元通りになるけど?」
「元通りになっても痛いでしょ!」
「テプちゃんは優しいな~。テプちゃんは王族だから魔法少女の使命第一だって言うと思った」
「言いませんよ。王族だから成果を上げなくても将来安泰ですから!」
「そうなのね~。それじゃ、燐火ちゃんは私達の後ろで見守っていて。たぶん勇気さんが突撃すると思うから」
「増子さんにも同じ説明をするのですか?」
「必要ないと思うわよ~」
説明が必要ないか……それで納得するのかな?
せめて敵がネクロマンサーだって事くらいは教えておいた方が良いと思うのだけど。
相手が即死技を持っていたら全滅するかもしれないんだよ。
しず子さんが治癒魔法を使えても、しず子さん自身が死んだら誰も助けられないのだから……
「お待たせー! 勇気増子帰宅しました!」
増子さんが元気よく帰って来た。
「早速だけど、隣町の廃ビルに敵がいるから倒しに行きましょ~」
「了解だ!」
速攻で了解したああああ!
それでいいのか勇気増子!
勢い強すぎるって!
もう僕は止められそうにないなぁ……
居眠りしていた燐火ちゃん達も起きたので、僕達はしず子さんの車で目的の廃ビルまで向かった。
到着して直ぐしず子さんと増子さんが魔法少女へと変身した。
燐火ちゃんは愚者の杖の具現化の力と引き換えに変身能力を失ったからそのままだけどね……
増子さんを先頭に廃ビルに入って部屋を探索していくと、四階の一室から明りが漏れているのが見えた。
あの部屋にネクロマンサーがいるのかな?
ここは慎重にーー
「誰かいませんか!」
増子さんが大声で呼びかけながら乗り込んだ。
なんで魔法を使えない増子さんが強者ムーブするの?!
「何だお前らは!!」
室内では黒いローブを着た怪しい男が儀式の準備をしていた。
どうやら儀式は完了していないようだ。
死霊を呼び寄せる前なら普通の人間と変わらないよね。
燐火ちゃんには戦わせられないな。
今まで倒して来た魔女は、魔の気から生まれた異界の存在であってこの世界の生物ではない。
だけど目の前の敵は人間なんだから。
「貴方がネクロマンサーだって事は知っているのですよ~」
「そうだ。ネクロマンサーが何か知らないけど敵だから倒す!!」
「私がネクロマンサーと知って戦おうとするのか……無謀だな」
「無謀ではないですよ~。死霊を呼び出す前のネクロマンサーはただの人です」
「舐めるな! ソウルスティール!!」
ネクロマンサーが突き出した手から紫の光が放たれ増子さんに直撃した。
「増子さん! 大丈夫ですか?」
「増子お姉ちゃん!!」
僕と燐火ちゃんが声をかけたが反応がない……
「先ずは一匹! 俺は魂を奪う術が使えるんだよぉ。魂を奪われたら即死確定だ! 死霊を操るだけがネクロマンサーの力じゃないんだよ! 私を舐めた事を後悔するがいい。次はお前だ!!」
ネクロマンサーがしず子さんに手を向けた。
ダメだ!
しず子さんまで死んだら本当に終わってしまう!
僕は思わず目をつぶってしまった。
タッ、タッ、ドスッ!
軽快な地面を蹴る音が聞こえた後、鈍い音がした。
何だろう……目を開けると拳を突き出した増子さんと、その足元に転がっているネクロマンサーの男が目に入った。
増子さん……死んでも僕達を守ってくれたんだね……
「癒しの水です!」
しず子さんが増子さんに癒しの水をぶっかけた。
「冷たい! しず子さん、ケガをしてないのに何で癒しの水をかけるんだ?」
えっ、増子さんが普通に返事をした?!
僕達全員が固まった。
「何でみんな固まってるんだ?」
「だって、増子さんは魂を奪われて死んだんじゃないんですか? さっきは返事なかったし」
「魂を奪われる? 無い物は奪われないと思うぞ」
「無い物?! 人間なら誰だって魂あるでしょ!」
「テプちゃん。戦う時はね、相手の背後に魂を置くんだ。そして抜け殻になった僕は、その魂を取り戻そうと相手に襲い掛かるのさ。だから僕に魂なんてないぞ。敢えていうなら、僕にあるのは勇気だけだ!」
増子さんが堂々と言い切った。
アンタどこの武人だあああああ!
次から勇気老師って呼んじゃうよ!!
「ごほっ。し、死体が動いた! 誰かぁ! 助けてくれー!」
気絶していたネクロマンサーが起上がった。
「ネクロマンサーなのに死体が動いてビビってる!」
「死体じゃないですよ燐火ちゃん。でもビビってるのは面白いですね~」
「どうでもいいから助けてくれぇ~」
「分かったから。捕まって下さいね~」
戦う気力を失ったネクロマンサーをしず子さんが縛り上げたので、僕達は廃ビルを後にした。
彼はこの後、しず子さんに連れられて纏蝶さんの所に送られるらしい。
最初はどうなるかと思ったけど、無事に解決出来て良かったよ!




