第3話 ひゃくえんショップ
事前に紅鳶町の事を調べてはいたが、詳しい地理までは覚えきれていないから、百円ショップの場所までは分からない。
僕は燐火ちゃんの後について行く事にした。
燐火ちゃんが楽しそうに前を歩く。
前任の妖精仲間に話を聞いただけで楽しいと思えたから、実際に行ったら凄く楽しいんだろうな。
僕は初めて行く百円ショップが楽しみだった。
「テプちゃん、そこの角を曲がるとひゃくえんショップだよ」
公園から近いところにあって良かったな。
燐火ちゃんの後に続いて角を曲がると、そこは魔界だった……
僕は黙って通り過ぎようとした。
「テプちゃん、何処に行くの? ひゃくえんショップ、ここだよ」
燐火ちゃんが魔と呪の全てが塗りこめられた様な異質な建物の前で立ち止まっている。
壁に夥しい数の髑髏が埋め込まれており、柱には禍々しい謎の文様が刻まれている。
こんな建物が街中に堂々と存在していて良いのだろうか……
「り、燐火ちゃん。百円ショップに行く予定だったよね?」
「そうだよ。看板に書いてあるでしょ」
燐火ちゃんが看板を指差した。
『百怨ショップ 蝶番』
た、確かにひゃくえんショップだ……
この世の恨みの全てが込められてそうだけど……
こんな場所が燐火ちゃんが行きたかった場所?!
お、落ち着こう。
街中に呪物を取り扱う店があるはずがない。
きっとキモ可愛いモンスターの人形や妖怪のキーホルダーを売っているのだろう。
きっと、お腹を押すと「ぎゅえっ」とか情けない音が鳴って、友達と一緒に盛り上がるんだよ。
そう思うと安心してきた。
「入るよ」
燐火ちゃんが入店したので、僕も続いて入店した。
入店して直ぐに肌で感じた恐怖。
鼻先がひりつき、瘴気の存在を感じた。
ほ、本物だ……この店に置いてあるのは本物の呪物だ!
見た事が無い恐ろしい見た目の商品が棚に陳列されている。
そして、もっとも恐ろしいものは……店の奥に立っていた。
「あら、燐火ちゃん。今日は何を求めて来たのかしら?」
店の奥のレジにいたボディビルダーの様な筋骨隆々な男性に声を掛けられた。
体が隠れるほどの大きな二枚の蝶の羽根を体に巻き付けた異様な服装をしている。
一目見ただけで逃げたくなる恐ろしい風貌だが、燐火ちゃんはトコトコ歩いて男性に近づいた。
「これに魔の神髄を叩きこんで欲しいの」
燐火ちゃんが変身ブローチをカウンターに置いた。
「ふぅん、珍しい物を持ち込んだわね。それで、この子は誰?」
「これはテプちゃん。公園で拾った」
燐火ちゃんが僕を持ち上げてカウンターの上に置いた。
「は、初めまして。僕はアルタロネクタネブ・アバ・センタンクトロルテプ6世です」
「あら、お話が出来る動物さんなのね。私は『てんちょう』よ」
「店長さんなんですね。お名前は?」
「名前は『てんちょう』よ。テプちゃん」
名前が店長?!
僕は意味が分からず首を傾げた。
「ねぇ、ねぇ、テプちゃん。名札に書いてあるのに読めないの?」
燐火ちゃんに言われて『てんちょう』さんの名札を見た。
そこには『纏蝶』と書かれていた。
蝶を纏っているから纏蝶さんなんだね……だから何なの?!
戸惑う僕をよそに、纏蝶さんが店の奥から謎の物体を持ってきて、僕の変身ブローチの改造し始めた。
燐火ちゃんは楽しそうに見ているが、僕は不安でしかたがない。
百円ショップでデコレーションするのとは訳が違うのだ。
「完成したわよ。大魔導士志望の燐火ちゃんに相応しい一品を目指したけど、どうかな?」
燐火ちゃんが纏蝶さんから禍々しく変貌した変身ブローチを受け取った。
「うん、やっぱり纏蝶さんのセンスは最高だね」
燐火ちゃんがとびっきりの笑顔で答えた。
燐火ちゃんの笑顔は素晴らしい……僕の変身ブローチは無残な姿だけどね……
「気に入ってもらえて良かったわよぉ。支払いは現物でいいわよ」
纏蝶さんの一言が引っかかった。
支払いは現物?
どういう意味だろう?
燐火ちゃんは呪物を買えるような大金を持ってないから、纏蝶さんが親切で物々交換にしてくれたのかな?
えっ?!
燐火ちゃんが僕を持ち上げた後、纏蝶さんに手渡した。
「これでお願いします」
「良いわよ。魔法の力を持った妖精なら商品と釣り合うからね」
へっ、どういう事?
もしかして僕で支払うの?!
「り、燐火ちゃん! どういう事?」
「代金はテプちゃんで」
「そ、そんな事を笑顔で言わないでよ。僕を代金代わりに置いていくの?」
「そうだよ。公園でリスポーンしたら、もう一度捕まえるからよろしくね」
「リスポーンしないよ! ゲームのモンスターじゃないんだから! 置いていかないでよ燐火ちゃーん!!」
僕が嫌がるので纏蝶さんが代案を出してくれた。
燐火ちゃんが入手した闇のアイテムの代金は、僕の毛で支払われる事になったのだ。
纏蝶さんに毛をむしられたお尻が痛い。
今日は災難だらけだなぁ……