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幸せの鳥かご

作者: 冴木凜子

 恋を終えると、私はスノードームを作り始める。

 

 野良猫を携帯で撮って送信してくる男だった。俺は猫を可愛がる男だよ、そんな年下らしいアピールと、私は受信していた。私が褒めると、彼は猫の犬歯のような八重歯を見せて笑った。

 

 樹脂粘土で直径1センチ程の丸を4個作って、雪だるま風の猫を2匹こしらえた。

 丸い台座に寄り添わせる。

 私と彼だ。


 大手自動車メーカーの営業をする彼とよくドライブデートをした。

 彼は運転しながら、このラーメン屋はいつも並んでいる、ここは店の入れ替わりが激しいなどと喋り続けた。


 樹脂粘土で自動車を細部まで成形する。

 青いアクリル絵の具で着色する。色合いで凹みや年季を表した。


 私達は彼の父親が所有する別荘に泊り、ゲレンデでスノーボードを楽しんだ。


 木片から三角屋根のコテージを彫り出す。色付けで年月と質感を表現する。


 背景はゲレンデを有する雪山。コテージの前庭に柔らかそうな雪を積もらせる。雪を被ったガレージに青い車が納まる。肩を寄せ合う雪だるま猫2匹。ガラスのドームを被せる。精製水とグリセリンを流し入れて、スノーパウダーを振り注いで完成。


 結婚したら猫を飼おう。

 子供は2人欲しい。家族で車に乗って遊びに行こう。泳ぎは自分が父親からそう習ったから川で教える。

 彼の話に、私は少年の夢を聞く教師のような気分で相槌を打った。


 もし私の母が恋人にそんな事を言われたら、猫を飼い始め、妊娠に良い料理に凝り、彼の車を磨き上げただろう。


 私は期待しないし、夢を見ない。

 口に出す景色は幻で、叶うものは思い描かなくともそうなる。

 いずれ、どの男も私以外に興味を向けて、自分の世界に帰っていく。だから恋の絶頂でガラスの器に閉じ込めて、私は男の前から姿を消す。SNSを遮断すれば、彼らは別れだと認識する。共通の知人を通して、話し合いを求めた男がいたが、私が新しい相手がいると伝えると男は身を引いた。


 スノードームを振る。彼との日々が煌めいている。


 ウォールシェルフに飾るスノードームの数々を見渡した。

 どの時も煌びやかで、どの男とも甘い愛に満ちていた。

 

 母親は、男が美味しいと言った料理を、何度も作って出した。男は「またか」と言った。男は残し、食べなくなり、やがて母の元に訪れなくなった。約束の時間に来ない男を母は食べずに待った。腹が減った私はロールキャベツを齧った。寝る前の歯を磨く頃合いで、母親は悲しい笑顔で「食べてしまおうか」と言った。ロールキャベツは干からびていた。私は飽きていても冷めてまずくても「美味しいよ」と食べた。

 一晩眠ると、母親はすっかり忘れていた。

「おじちゃんは来なかったよ。連絡もなかったよ」

「えー、たとえ用事が出来て来られなくなっても連絡がなかった事はないわよ」

 小学生の頃は母と1つの事実を共有しようと躍起になった。母親は頑なだった。中学生になると、私は事実を確かめなくなった。酷な事実を母に認めさせることもないと思ったからだった。

 母の脳内は男と蜜月のままが繰り返された。

 終わりの頃は、急に男から母は呼び出されて、短時間で帰されていた。洗面所で母が白いハンドソープを両手に愛しそうになすり付けて洗う姿を、私は見かけた。母の手が性処理に使われていたと私が覚るのは、後のこと。


 私は、ゲームのキャラクターを模した菓子を開発する会議に参加していた。私は広告に載せる写真の料理を作ったり、レストランの新メニューにアドバイスしたりなど、食にまつわる仕事をフリーでしていた。

 会議後、ゲーム会社のキャラクターデザイン部に所属する男が私の作品を手に取った。私は食品サンプルを作るのが好きだ。永遠に瑞々しく、そそられる食品サンプルは見るだけで幸せな気分になる。

「個人にもお売りしていますよ」と、私は連絡先を教えた。

 後日、男が連絡してきた。メッセージのやりとりが始まった。

 

 男に指定された場所で会った。

 彼は学生が着るようなダッフルコートにチノパンを履いていた。男は甘さと幼さが同居する整った顔立ちだ。色白で緩いパーマが似合う。

 私達はイチョウ並木を散歩して、紙コップ入りのホットコーヒーを買ってベンチで話した。

 日が暮れて、男が歩こうと促した。携帯の地図アプリを見ながら、彼は誘導する。人はいない。

 あちらこちらに街灯に照らされたイチョウの三角頭、黄色の葉群れが浮かび上がる。銀杏の実の臭いがする。

「ここだ」

 男の視線の彼方を見ると、鈍い赤色をした鉄塔。

 男が言うには、イチョウ並木の先に東京タワーが見えるのはこの地点だけらしい。

 彼は東京に住んだ暁にはここで告白したいと、ドラマで観てずっと憧れていて叶えたかったと、余裕のない調子で言い連ねる。

 温めてきた夢を、私と実現してくれたのがこそばゆくて嬉しかった。

 私は瞼を閉じて顎を上げた。唇に感触が訪れるのに時間がかかった。

 抱き寄せられた腕の力が強過ぎて、私は小さく笑った。

 スノードームのモチーフはこの光景だろうと、私は記憶のキャンバスにスケッチする。

 ぼんやりと光る東京タワーが作り物めいて見えた。


 母はほっそりとした美人だ。家事を卒なくこなし、料理とアイロンがけの腕前はプロ並みだ。母が愚痴も溢さずこなすので、私は自分がやるまでそれがいかに大変で貴重かを知らなかった。

 母は男が出来ると男物のシャツと下着と靴下を買い揃えた。男の好きなブランドの服やネクタイ、鞄などを買い与えた。男が感激するのは初めのうちだけで、そのうち男は礼も言わずに身に付けた。

 男からの扱いが雑になっても母親の現実は、いつまででも恋人に記念日を祝われて、ロマンチックなデートに誘われて、手料理を平らげられて、美しいと賞賛される女だった。何でもない日に花束を渡されて、手土産に好きなメーカーのチョコレートを贈られて、写真を撮られて、車で送り迎えをされる女だった。

 母親にしてみれば、恋人が別れを告げることなく突然、音信不通になるか、自分を裏切って新しい女と付き合ったことになる。その嘆きたるや。母は部屋に閉じこもって食事を摂らず、ベッドに寝たきりになった。私はコンビニに通う生活になった。しばらくして母は油絵の制作に取りかかり、娘の私の背丈程ある大作を描き上げると、画商を呼びつけて母娘が1年間、質素に暮らせるくらいの値で買い取らせた。

 母の父は日本画の大家と呼ばれた人だった。祖母は絵が売れた大金で、畑を買ってマンションを建てた。私達母娘は今や東京の一等地に建つその高級マンションの一室に住む。


 クリスマスイヴに、私は高級ホテルに赴いた。ビロード生地の黒いドレスを着て、髪をハーフアップに結っていた。

「ようこそおいで下さいました」

 私と彼はタキシードの男ににこやかに迎え入れられた。窓際の白いテーブル掛けの席に案内された。

 地上40階、レストラン内が暗いせいで映える360度の夜景が、特別な一夜を演出する。

 私は初めてキスした思い出の地、東京タワーを見付けて指を差した。

 男は360度カメラで何枚も撮った。男の顔は感激がわかりやすく染まる。私の顔も綻んで彼への愛しさが湧いた。

 男も私と同様に、私達に未来がないのを察しているから、煌めく一瞬を写真に閉じ込めたいのかとふと思った。

「新宿、六本木などの都会らしい所に住むことにこだわっているんだ。いつかマイホームを東京の23区内に建てたい」

「どうして?」

「長年の夢だからだよ」

 男はそのために普段の生活を質素に抑えていると言った。友人の誘いを断り、会社の飲み会に参加せず、自炊をして晩酌をせず、たまに安いチェーン店に行くがサイドメニューやドリンクを頼まないと言った。


 リビングの壁に南国に咲く白い花のレイがかかる。飾り棚に貝殻が並ぶ。窓際にモンステラの鉢が置かれる。キッチンカウンターに、AROHAと木板のローマ字が立ち並ぶ。白と青の彩が増えた。

 母が知り合ったばかりの男の鳥かごを作り始めた。


 駅前で、中年の女3人と犬2匹がレジャーシートに座っていた。ジャンパーを着た女達は、膝に掛けた毛布に両手をつっこむ。犬2匹は黒ずんだ毛布に蹲る。

 殺処分。捨て犬。目が見えない。耳が聞こえない。

 手作りの立て看板に記された、赤い文字。

 母は募金箱に千円札を入れた。母は募金の呼び掛けを見かけると寄付をした。犬が顔を上げる。生活感の漂うどんよりとした顔。犬は腕に鼻先を伏せる。

「ありがとうございます」

 女達は軽やかな声で言うと、再びお喋りに興じる。

 保護活動の説明書きが見当たらない。私が箱の中を覗くと乏しい額。

 

 デパートで、母は男に贈る3万円のアロハシャツを購入した。

 私達はデパートの上階のハワイアンレストランに入った。入り口に電光の松明がかかる。ゆったりとした曲調のハワイアンミュージックが流れる。熱帯植物の鉢、サーフボード、ウクレレが飾られる。

「アロハ」

 私達は肌の焼けた男の店員に元気一杯の声で迎えられた。丸テーブルに案内される。

 私はメニューのハワイ産、国産の文字に目を留める。老舗の料亭がただの葱を九条ネギと偽っていたのがニュースになっていた。

「産地が偽装される世の中よ。犬の保護活動をうたった募金に寄付していたけど、そのお金は人の懐に入るのよ」

「騙されていたって、お母さんは寄付し続けるわ。いつか困っている人達に届くはずだから」

 私達はガーリックシュリンプ、ロコモコ、アヒポキ丼、海老のサラダを注文した。

 テーブルにアヒポキ丼が届いた。

 マグロの醤油着けがご飯に乗る。母の新しい男の好物だ。

「男に同じものを作り続けるの、止めた方がいいよ」

「好物を作ってもらったら嬉しくないはずがないでしょう?」

 母親は背筋を伸ばして、美しい所作で食べる。

「あなたのお父さんにね、克服させてあげようと嫌いな生のサーモンを手巻き寿司にしたり、サラダに散らしたりして出していたの。大喧嘩になった。下手なことしちゃいけなかったって反省したのよ」

 母は父のいない理由を話してくれない。母の頑なな性格が災いして捨てられたと、私は思っている。

 母は左手をぐーにして、親指と小指を伸ばした。

「これは元気? 頑張ってという励ましの意味、手首を見せると、ありがとうとか、気楽にいこうという意味なの。ハワイの挨拶よ。ALOHAって、アルファベットそれぞれに思い遣り、協調性、喜び、謙虚、忍耐っていう意味があるの。人に愛情を持って接して、見返りを求めない思い遣りが大事なの」

 母は手首を向けたポーズで、私に「アロハ」と呼び掛ける。

 掻き集めたのだろう母のうんちくに、私は胸やけを覚える。

「私の手間をかけた料理が、あなたの仕事に繋がっていて、私は嬉しい。募金もそういうこと。思いはいつか伝わるのよ。裏切られても、お母さんは精一杯、愛したから、後悔していないのよ」

 母は、口元を幸せそうに綻ばせた。

 母の恋している顔だ。


 春は新宿御苑で花見をした。

 夏は高級ホテルのナイトプールに行った。私のビキニは男がプレゼントしてくれたものだった。私達は揃いのサングラスをかけて、デッキチェアに腰掛けて2本のストローで1杯のトロピカルカクテルを飲んだ。浮き具に並んで寝そべり水面で揺れていた。

 台座の中央に東京タワー、左右に高級ホテルを接着した。スペースにイチョウの樹を植えた。注入した液体に黄色いパウダーを振り掛ける。

 完成したスノードームを振って掌に乗せる。

 イチョウの葉の連なりと東京タワーの光景と、顔にかかる男の鼻息と震える唇の感触が蘇る。煌めく都会の夜景に360度囲まれて、彼は感嘆の溜め息を何度も吐いていた。その日を迎えるまで彼はどれだけ頑張っただろう。浪人して美術大学のデジタル科に入りキャリアアップの転職を繰り返したと彼は言った。彼と一体化したような感慨に私は見舞われる。イチョウの葉が舞い、彼の念願叶った喜びが、私の胸に降り落ちてきた。瞼の縁に涙が滲んだ。

 新作のそれを、スノードームが並ぶウォールシェルフの左端に置いた。

 隣のスノードームを手に取って振った。

 雪が舞う、この光景は本当にあっただろうか。

 愛らしい上目で見つめる2匹の猫たち。

 コテージの暖炉の前で、彼と2人で1枚の毛布に包まった。雪山をスノーボードで勢いよく滑り降りた彼。彼はよくかっこつけた。私が褒めると彼は猫の犬歯のような歯で、じゃれて噛み付く素振りをした。きっと彼なら川で子供に懸命に泳ぎを教えるだろう。


 慌てて私は再び振る。景色が鮮明になってはいけない。淡い幻想に包まれていないと。


 私は黒茶に汚れた雪の残骸も、禿げかけたイチョウの樹も地面にこびり付いた落ち葉も見たくない。

 

 男の連絡が久しくなっても母は待った。男がしばらく会いに来なくなっても母は待っていた。母が贈り物をしてご馳走を振る舞っても感謝の言葉もなく捨て去って行った男達。冷めて乾いて変色した料理を前にじっと座って待つ母は惨めだった。


 私の描く幸福な未来に男はいらない。


 ひょんなことに妊娠して、子供を産んで1人で育てる。娘がいい。娘なら一緒に花や絵画や服を見たり、美味しい物や甘い物を食べ歩いたり、犬か猫を飼って散歩をしたりできる。


 飲み会で、元彼が休職していると聞いた。

「女に振られて眠れなくなったんだって」

「病院に通っているってよ」

 男の同僚達は心配している様子。私に当て付けているのでない。私が交際を口止めした約束を元彼は守っていたようだ。


 3つ持つSNSの全てをブロックしたから、男の様子を閲覧できない。

 ネット、ゲーム、漫画、映画、スポーツ、車、旅行…… 

 レクリエーションに溢れる現代、男が女に執着するのは一時だろう。

 母親は別れて半年から一年が経つと新しい男との夢物語を見始めた。


 元彼が会社を去ったと業務連絡の一環で報告を受けた。一身上の都合とのこと。

 私は引き継いだ社員と会い、挨拶をして、簡単な業務確認をした。


 家に帰り着くと、照明が点いていなかった。

 母は男に会いに出かけているのか。

 リビングの扉を開けた。照明のスィッチを押して、私は小さく悲鳴を上げた。

 ダイニングテーブルに、3膳のアヒポキ丼。自分の丼ぶりを母親が見つめて座っている。

「彼、仕事で来るの、遅れるんだって」

「電気くらい点けてよ。待つのはやめなよ。そんなだからお父さんにも、家を出て行かれたんでしょう?」

「何を言っているの? あなたのお父さんは私達の近くにいるのよ」

 母親は私の顔を不思議なものを見る目で見る。

「嘘よ。全然、会っていないでしょう?」

「お父さんと私は愛し合っているのよ。私達3人は、今でも愛し合っている家族なのよ」

「やめて」

「あなたはお父さんにちゃんと愛されている娘なのよ」

 お父さんが、私に会いに来たことなんてない。

 おかしくなっちゃったの? 本当に、そう思っているの?

 私は母の目を見て探る。

 父親に捨てられた。産まれて良かったのか。

 そんな疑念が浮かんで居た堪れない気持ちに襲われたことがある。

 父と母と私、今も愛し合っている、そう思う方がいい。

 でも、大事なことだから。

「愛は与えるものなの。見返りがなくたって、いつか報われるから」

 母親はマグロの切り身を目で数えるように頷いている。

 黒一色の魚のような目をしていた。


 自室に駆け込んだ。

 ゲーム会社の男との恋を封じ込めたスノードームに手を伸ばす。指が滑って棚から落としてしまう。

 ガラスが割れてきらきらと光る液体が零れ出ていく。

 

 嗚呼……

 

 割れたドームを起こそうとして、触れた指先から壊した罪悪感が沁みてくる。

 破片を拾おうとして指先に痛みが走る。指の腹に血が滲む。

 

 雪景色のスノードームを掴んだ。床に投げ付ける。


 転がり出た2匹の雪だるま猫。横転する青い車。前に倒れたコテージ。


 内容のない話を聞かされるより車窓の景色を黙って楽しみたかった。運転が荒くて嫌だった。褒めてのアピールが幼い子のようで私を萎えさせた。太った? 今日化粧濃いね等、思った事を無遠慮に口に出さないでほしかった。私がそう思っていた事を、彼は少しも知らなかった。


 残骸を見下ろして、私は怒りが込み上げた。


 ビルばかりで殺風景、車、車、車、車。車に注意する都会より、私は南国や雪国に憧れる。倹約して家賃の高い場所に住むのはくだらない、東京への憧憬がださいと思っていた。夢見たシーンに私を当てはめるのは、そう、幸せな幻想に男を当てはめる母親と重なって、嫌悪していた。

 まるで鳥かごに幸せの青い鳥を閉じ込めておくようではないか。


 瓦礫に視線を這わせて探すが、私がどこにもいない。

 ウォールシェルフの、どのガラスの中にも、私はどこにもいない。

 寂しい。凍える程に。


 それでも、猫の犬歯のような歯を見せて、好きだとまとわりつかれるのは可愛かった。思った事を口にするから、わかりやすかった。褒められたがりだから、頑張り屋だった。子供は彼に似たやんちゃな男の子達2人、猫を飼い、父親から習ったように川で子供達に泳ぎを教えたいという彼の夢を、私は慈しんでいた。

 浪人して転職を重ねて努力し続けて、昔見たドラマのシーンを再現したいという思いが愛らしかった。夜景に囲まれたディナー。ナイトプール。デートを計画して下見して、カメラに私を納める、彼の満面な笑顔を拒否できなかった。叶えてあげたかった。

 尽して、貢いで待って、惨たらしく捨てられる母親の夢見る世界を、守りたかった。母は私を1人で育てた。母を恋人に記念日を祝われて、手料理を喜ばれて、賞賛される女でいさせてあげたかった。花束と菓子を渡されて、写真を撮られて、車で送迎される女にしてあげたかった。

 

 ウォールシェルフに、静まり返った作り物の世界が並ぶ。ガラスが拒絶するよう。


 ロールキャベツ、飽きたよ。

 おじさんは来ないよ、待つのを止めて。

 ご飯を食べて。そんなに悲しまないで。

 ずっと寝込んでいて、お母さんは重い病気で死んでしまうの?


 嘆いていた小さな胸に、私は思いを馳せる。

 どんなに言っても、母親に聞き入れられなかったように、どうせ彼らにも聞き届けられなかっただろうから。


 お父さんは私のこと、覚えていないのかも。

 いつか、お父さんが現れて、抱き締めてくれないかな。

 お父さんは私に会いたくないのかな。


 悲しい目の小さな私に、囁く。

 あなたはお父さんに愛されて望まれて産まれてきた娘なのよと。


 寂しいときは、スノードームを観賞する。

 きらきらした、美しい、幸せな一時に浸って、恍惚となる。

 私もあなたも同じ。これが幸福だと思う世界に生きている。共有しようと思わなければいい。自分の作り上げた世界を生きる、それが幸福だ。

 スノードームを1つ、手に取って振る。

 眩しい光が思い出の日々に降り注ぐ。


読んで下さり、ありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
[一言] スノードーム綺麗ですよね。 主人公が素直に元恋人と幸せに過ごすことができていたら……と思いながら読みました。いつか主人公に彼女なりの幸せをつかんでほしいと思いました。 お母さんは恋に弱い女性…
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