夜盗のウソと盗んだものと
「ウソ! 私嘘つきは嫌い」
この人のミステリアスさは好きだけど、胡散臭さは信用ならない!
わかってたはずなのに。
「だろ? 追いかけたほうがいい。アイツはこれからすごいイイ男になる」
「既にイイ男だと思うわ。私パッと見あのひとがあなただと思ったもの」
「何だと?! じゃ、絶対追いかけたほうがいい、言っとくがオレのこの外見はこの場限りだからな?」
「え? 何それ、あなた、もしかして幻?」
目の前の胸板を撫でさすってみた。
「いや、身体はあるだろ、おまえが触れてるんだから。決まった形がないんだ。刻々と変わるというか何というか、その時々選ばなきゃなんないって言えばわかるか?」
「じゃ、この髪もパチモン?」
「ひでぇ、もう少し心優しい女だと思ったが」
「この眼も唇もウソ事なの?」
「ウソというか。あの狩人のそっくりさんにだってなれるし、天高く飛ぶ龍にもなれるってこと」
「でもあなたなの?」
「ああ」
どう理解していいのかわからず、騎士服の胸に顔を押し付けて手のひらで撫でまわした。温かい。実体がある。失いたくない。
「おい、あんまり激しくされると興奮する」
「激しくって?」
上目遣いに見上げると夜盗さんの色白の頬が耳まで染まっている。
「おまえが服だと思ってるの、オレの身体の一部だから」
「え???」
「変身するたびに服探すわけにいかねえだろう? 空中の元素から作れるわけでもない。こんな姿になりたいと思った時点で勝手にできるんだ」
「ひっ!」
条件反射で身体を離そうとした。夜盗さんの素肌に抱きついている!
「おい、それはねぇだろう?」
夜盗さんはまた私を抱え込んだけど、目の前の胸が笑っていた。
「もぞもぞし過ぎないでくれって言ったんだ。離れろって意味じゃない……」
前にも増して紅潮しながら嬉しそうに囁く。
「声は? 性格は? 姿が変わると変わるの?」
私は抱きしめられていても好きになった人が雲散霧消しそうで、何か、これがこのひとだっていう核のようなものを探してしまう。
「声は今しゃべってるのがオリジナルだ。体格変わると声帯も変わるし、女体でこの声では気持ち悪いから適宜変えるが」
「あなた、女でもあるの?」
「いや、オレの存在自体は男だ。他に何でもなれるだけで」
「人間じゃないんだ?」
今さらな質問だとは思ったけど、こう聞けば何者か答えてくれるハズ。
「悪い、オレはヒトじゃない。風天狗てもんだ。何にでもなれるが、姿は変わっても性格はまあ、オレだな。さっき上空から白い着物が見えて、おまえが繋がれて泣いてるのがわかった。んでキビタキに身体変えてこの木の根元に舞い降りた。やっぱ、抵抗あるか? 天狗じゃダメか?」
「鼻が長あいの? それともからす天狗みたいにくちばしがあるの?」
「いや、だから実体はないって。山に吹く風の神様の一種というか、山の神さんの風の部分っていうか」
「声はオリジナルだって言った」
「山びこはオレの管轄だから」
とっても薄い存在な気がする。こうやって抱きついていられるのに、身体、温かいのに。
「この声はあなたなのね?」
「くどいな」
「だって好きなんだもん。目隠しで聞いてたから本当に声の表情がよく聞き取れた……」
「じゃ、許す」
よかった、ひとつ、このひとだっていう拠り所が見つかった。好きになってしまった声。
「ね、何で、金髪碧眼騎士服で現れたの?」
「知らねぇよ、オレ、金髪か? 目、青いのか?」
風天狗さんは今さらながら髪を引っ張って確かめている。その仕草は、天狗にしては、やっぱりあどけない。
「で、どうしてよ?」
ちょっと強気にツッコんでみた。
「キビタキからこれになったんだ、そりゃ、着物女子には人気あるかな、王子様っぽければおまえの気が惹けるかなっとか感じてたんだろうよ。意識してやってるわけじゃないからわからん!」
また赤くなってやんの、このひと、この天狗、可愛すぎる。
「私の鼻水拭いた布はどれ?」
「鼻水はこの指をコットンに変えて拭った」
私の想い人は右手親指を立ててみせた。
「コットンから指に戻したら鼻水はどこ行くの?」
「ベタッとひっついってたさ、ちょろっと味見もした」
「うそ、汚い、信じられない!」
と言いながら、実は嬉しかった。鼻水流しても可愛いと思ってもらえるなら、大抵のことは大丈夫。
次の発言にはドン引きしたけど。
「これからすぐにでももっといろいろ味わいたいんだけどな。この腕から逃げようとしないから、おまえはもうオレにメロメロなんだろ?」
「自惚れ屋! うちの村ではキビタキはナルシーの別名だもんね」
「オレに似合ってカッコいい鳥だろ?」
「うわ、ナル男100%。でも真面目な話、私たち、愛し合える?」
「そりゃあもう。既に両想いだし身体はおまえの希望しだいに変幻自在」
「子供は?」
「おまえに似て可愛い子が生まれるさ、特殊能力持ちのね」
「風天狗があなたの名前?」
「いや、名はハヤテだ。おまえは?」
「笹風」
その瞬間にハヤテは闇につむじ風を起こし、私ごと、裏のお社の中に移動したらしい。
意味深にそこに延べられていた夜具に私を優しく横たえて囁く。
「やっぱりおまえはオレ用だよ」
「そうみたい。私が自分で、あなた用だって決めてあげる。それが恋愛ってことでしょ? 笹風は、いでそよ『ハヤテ』を忘れやはする……」
両腕をハヤテの首に廻した。
私は風の渦巻くめくるめく夜を経験させられ、今後これが日常になると教え込まれた。
-了-
キビタキ:13~14センチの小鳥。喉から胸にかけてオレンジから黄色。その色からラッパ水仙を思わせるということで、英語名Narcissus Flycatcher、学名 Ficedula narcissina です。
それで麓村ではナルシー呼ばわりしてます。
福島県の県鳥だそうです。
ご参考まで。
作品を読んでくださりありがとうございました。