男の引き際
襲われる前に言葉を継いだ。
「でももし私のこと少しでも好きなら、村に返してください。とりあえず、この生け贄儀式の誤解を解きたいと思います。そして、浄心山の狩人さんがお嫁さん欲しいなら村を訪ねて、若い女性たちと顔を合わせて普通に恋愛したらいいんじゃないでしょうか。夜盗さんのほうは……」
急に涙が込み上げて唇を噛んだ。
「 ……………… 」
声が出せない。
もし本気で好きになってくれたのなら、一緒に来て、私の両親に会って、そしてあなたの家にでもどこにでも連れて行って、と言いたい。
でも私はあなたがどちらか、見つけることができなかった……
「どうした、オレにどうしろって?」
欲しい声が聞こえたのはブロンドさんの口からだった。はっきり言って、驚いた。反対だと思っていたから。
目の前で手を広げて、まるで「おいで」と言うかのように首を傾げた。
え? 私繋がれてるはず……。
木に貼りついていると思っていた両腕は胸の前に持って来ることができた。ゆらりと一歩踏み出すとブロンドさんが抱き留めてくれた。
「もう泣くなよ……試したりして、悪かった……これでも必死で、おまえの心ノックしてたつもりなんだ、オレの中身を気に入ってくれって……」
私はまた鼻水の出だした顔で碧がかった青い瞳を覗き込んだ。
「オレはこのまま自分の山におまえを連れ帰りたいんだが、おまえはどうしてほしい?」
「一緒ならどうでもいい……」
広い騎士服の胸に囁いたら後ろ頭をぐりぐり撫でられた。
「夜盗殿、お取り込み中申し訳ないが、先ほど、我らが考えは古いと申されたな?」
厨二さんは振られたショックをかなぐり捨てて男らしく夜盗さんに話しかけた。
「ああ、言った。だからこの女は今オレの腕ん中だ」
「では我らも改めねばならぬ点が多々あるということ。だが、今この脚で麓村を訪ね、某に伴侶を求める資格はあろうか?」
とても真面目な厨二さんの気持ちが私の胸に届いた。
相手無しに山里に戻ったら今回の儀式は失敗と見做され、自分のメンツも山里も麓村も困る。それは回避したい。
それと同時に、繋がれていたのが私だったから私を姫様扱いしてくれたけど、実際のところ、他の人だったら、彼の姫様はその人だったということ。
「おいおい、恋愛には資格もへったくれもない。出会って視線と言葉を交わし、誠意を尽くすのみ。間違っても『気持ちよくしてやればついてくる』などと思わぬことだ」
「いや、それは古のしきたり、偏った思い込みでしかないと理解しもうした」
「村に行くなら、大婆さまをお訪ねください。そちらの長老のお母さまとのことでしたよね。きっとよくしてくださいます。私は夜盗に攫われていたと告げてください」
私は夜盗さんの腕の中から首をひねって、できるだけ丁寧に話した。厨二さんは事の収拾をたったひとりの肩に背負うつもりだ。
「姫様、お会いできて嬉しゅうございました。代々の姫様に認めてもらえるよう、山の若者は学業にも仕事にも精進いたします。それもこれで終わりとなると、新しい仕組みが必要となりましょう。村と山との懸け橋となること、某に務まるでしょうか?」
あ、そうだ、今回ばかりじゃない、これからがかかっている……。
「もちろんです、あなたになら簡単なこと、おそらく、最初の例を作ればいいだけです。麓村に下りて、あなたの心に適う女性に恋してください。誰か他の人が仕立て上げた姫様ではなく。私より若くステキな娘がたくさんいます。そして相手の気持ちを聞いて共に生きると約すことができればそれだけで……」
「かたじけのうございます」
頭を下げて厨二さんは、ご神木の裏に隠していた剣を腰に差し、矢筒を肩に背負い、村へ下る道へ向かった。
「いいのか、引き止めるなら今だぞ? オレはまだ嘘ついてるぜ?」
夜盗さんは私を抱きしめたまま、ご神木に寄りかかった。