選ぶのは生け贄ではなく姫様
夜盗さんが吐いた「私は行き遅れで融通が利かない」発言に対し、厨二さんが思案声で話した。
「『行き遅れ』という言葉は我が山里にはない。麓村の姫様については『大事に守った』と呼ばれる。我々は狩りで家をよく空けるから、妻女には貞淑でいてほしいのだ。村から来られた姫様方は皆きちんとしておられる。が、山里の女は男の留守に素行の乱れる者が多い。となると誰でも村の姫様を嫁御に欲しくなる」
「そちらの事情はわかった。で、今の状況はわかってもらえたのか? オレたち2人が殺し合っても意味がない。この姫様がどっちがいいか選んでくれなきゃ、男のオレたちにはどうしようもないってこと」
「事の次第は姫様のご一存に任せるしかないと言われるのだな?」
「アンタの言葉で言えばそうだ。心の通じてない状態で、よしんば身体だけ気持ちよくすることができたとしても、心まではもらえないんだよ」
「で、姫さん、おまえはどうしたい?」
夜盗さんは急に私に話を振った、というか私に選択肢を与えようと熱弁してくれたように思う。
まずはふたりの顔が見たい。顔を見て話したい。
「目隠しを外して……」
「おまえには外見が大切なのか?」
夜盗さんが驚いて嘲る声がする。
外見というよりふたりの瞳がみたい。
厨二さんは澄んだ純粋な目をしている気がする。山の中で孤独と戦い自分を鍛えあげてきたような。
そっちのことについては性急すぎるけれど、それ以外は私を姫様と見做し大切にしてくれそうだ。
夜盗さんは意地悪で眼光鋭そう。
厨二さんが来る前は欲望むき出しだったのも懸念材料だ。でも今までの話を聞く限りは、性急な厨二さんを引き止めてるのは紛れもなく夜盗さん。
とは言っても、自分の獲物を横取りされそうで、古風な厨二さんを言葉巧みに煙に巻いてるだけの可能性も。
私が割り切れない気持ちを持っているのを見て取ってか、夜盗さんは命令形をぶつけてきた。
「目隠しを外したらどっちの男に触られたいか選べ。オレたちはもう声を出さない。どっちが狩人でどっちが夜盗か当ててみろ」
「なんで?!」
「見た目で決めたいんだろ? 選ばなかったら両方相手させるぞ?」
「はあ?」
抗議の声は無視された。
夜盗さんの今の発言大減点。信じられない。少しは真っ当なとこがあると思い始めてたのに。
目の前から人の気配が消え、2人ともがご神木の後ろに回ったようだ。
白い鉢巻きの結び目が解かれ、ぼやけた瞳に闇が映る。ご神木の裏にある小さなお社の灯がぼんやりと、前の空き地を照らしていた。
右手から金髪碧眼の偉丈夫と左手から黒髪を若武者風に高いところで一つに結った細マッチョが現れた。
身長はほとんど同じ。2人ともアラサーの気がしていたが、自分と同い年か、もしかしたら年下かもしれない。
困ったことにどちらも欲望にギラついているわけでもなく、寺子屋通いのようなあどけない好奇心を湛えたきらきらした瞳で私を見つめた。
麓村に金髪はいない。この山に金髪の狩人が住んでいたらもっと頻繁に目にするはず。
同じ山の奥と麓に住んでいて、外見がこんなに違うとも思えない。
だとしたら、夜盗さんはブロンド騎士で厨二さんが若武者。
でも蛇神さまの贈り物はここのお社に届けられて、誰も狩人が搬入するところを見たことはない。金髪だとしてもおかしくはない。
金髪だからこそ、見た目がかけ離れているからこそ、麓村と山里は直接の交流を断っている?
それにもしかすると金髪なのは厨二さんだけで、他の狩人たちは黒髪かもしれない。
夜盗さんが若武者で厨二さんがブロンド。
だめだ、どちらも確証がない。どっちも「それがし」だなんて言いそうにないよぉ。
騎士服のように見えるほうが狩猟用だろうか?
とび職のように見えるほうが狩り向き?
厨二さんは剣を持っていたはず、日本刀? それともソード?
私の鼻水を拭った布は、袖? スカーフ? 手ぬぐい? ハンカチーフ?
身体が震えてる……夜盗さんが現れて泣き止んでから止まっていた震えがまた戻ってきた。
生け贄も怖いけど、選ぶのも恐い。
どちらがどちらかわからずに、選べるわけない。私はもう2人の性格を知っている。
見た目だけカッコいいほうと結婚したいわけでもない。
俯いて苦笑した。心の中の答えが見えたから。
私は、手に入れたい声をもう選んでしまっている。
じゃあ、村の誰にも心動かされなかった私がこの人となら一歩踏み出せるかもと思った相手は、目の前の男性のどっち?
――好きな人なら見つけられる?
でもその人は、私が選ばなかったら両方だって言った。
オレにしろとも言ってたけど、きっと結婚って意味じゃない。行きずりで手に入れて気が済んだらもう1人にバトンタッチして、現れた時と同じ素早さでいなくなってしまいそう。
「ごめんなさい、選べません」
私は頭を下げた。2人の狼に同時にむしゃぶりつかれても、それはそれで仕方ない。