生け贄の惨めな立場
この作品は、秋月 忍さまご主催の「アンドロメダ型企画」にインスピレーションをいただいて書いたものです。
しかし、ご企画の趣旨にはそぐわないので参加していません。
秋月様、創作のきっかけをいただき、またご相談に乗っていただき心から感謝申し上げます。
「うぐっ、えぐっ、ひっく……」
村から山道を上がった高台にある森の空き地の一本杉に、後ろ手回されて繋がれていた。太い樹だから両手首を繋ぐ鎖はかなり長く重い。
私は飢饉を回避するための生け贄だそうだ。
もう日も暮れた。白鉢巻きで目隠しされていて辺りは全く見えないが、この空き地は村祭り場所だからよく知っている。
しめ縄を張り巡らし、皆で周囲を踊りまくるご神木に、今まさにお尻を当てていることになる。
3年に一度、4月のはじめ、清明の日に純潔な乙女が「蛇神さま」に捧げられる。
憐れに思ってくれるかもしれないが、村としては体のいい口減らしかもしれない。夫も恋人もいない、年齢イコール彼氏いない歴最高齢女が繋がれる。私はもう23歳。
なぜ彼氏を作る努力をしなかったかって?
努力はした。3年前に姉とも慕った1個上の友人が繋がれたのだ、次が私にならないよう必死で女を磨いた。
でもうちの村の結婚平均年齢は17、8。
20歳だった私はもう行き遅れで、それもそのはず、私は料理がからきしダメなのだ。
わらびの灰汁抜きを習った通りしたはずなのに、翌日、家族全員食中毒、弟には「姉ちゃんに殺されるかと思った」と言われた。
鮭の遡上を祝うイクラ祭りで私の作った軍艦巻きは、「オレンジのダイヤ」と呼ばれるイクラの粒が潰れ、ただ橙色の酢飯巻きに過ぎなかった。
「どうしてこうも不器用に育ったかね?」
と母に呆れられ、父にも「覚悟決めとけ」と言われた。
もちろん村の男衆は私を歯牙にもかけない。
私という疑いようのない候補者がいるおかげか、年下独身女性たちは皆、安心して恋をし、次々と夫を選んだ。
そしてまた村の結婚平均年齢は下がったのだった。
生け贄の格好ばかりは花嫁衣裳のようだ。「逝き小姫衣装」と呼ばれるらしい。
母のおさがりの白無垢の掛下、白い振袖のお端折りをたんまりとって、着丈を異常に短くしてある。履かされた金の草履も普段の3倍の高さ。
「ち、ちょっと、これ、いくらなんでも脚が……」
と、抗議しようとしたら、「蛇神さまに面倒かけてはならん」と意味不明なことを言われた。
そう言ったのは大婆さま。
昔繋がれて蛇神さまに嫁ぎ、30年後なぜか村にふと帰ってきて、それ以来この生け贄儀式を仕切っている。
今では80歳にもなろうという大婆さまは、着付けのできた私に「生け贄の心得」をこんこんと諭した。
「心配せんでもええ。気に入ってもらえりゃ命は取られん。ご神木の根の洞から蛇神さまが現れて、おまえの脚を這い登る。蹴散らそうなどとせんことじゃ。じっと我慢せい。チロチロと舐められ急所を咬まれて痛くても歯を食いしばれ。お気に召せば嫁として連れて行ってもらえる。ダメなら頭から一飲みじゃ」
そんな話をニコニコと笑顔で語るこの人は妖怪か何かか?
女も涸れ上がってもう人間でもない、と怒りは私の内奥で煮えたぎった。
しかし、両親にさえ止めてもらえない、私を生け贄にしようとする村の総意は、女独りの反抗で揺らぐものでもない。
村の田畑の収穫は当たり年外れ年の差が激しい。村人は川魚の漁はしてもイノシシなど大物の狩猟はできない。
毎年村人老若男女が無事冬を越すには、蛇神さまのご加護が必要なのだ。
蛇神さまは生け贄と引き換えに、秋の収穫が足らないとわかるとこの空き地のお社に、ケモノの肉や毛皮を置いていってくれる。
「イノシシの代わりに私は蛇に丸飲みにされる……、それも痛い思いをした後で。じゃあ冬になったら、私を殺して食べたらどうよ、村の人! うぐっ、え、ぇ、ぇ……」
強がってはみても、泣かずにはいられない。
森の闇に自分の情けない声が吸い込まれていく。
「おまえ、なんで繋がれてんの?」
「はあ?」
突然左太ももの横辺りで声がした。
「蛇神さまですか? だったらさっさとやっちゃってください」
私はやけっぱちだ。
「やるって何を? え? ヤっていいの? なんかすごいヤりたくなるシチュではあるんだけど?」
――蛇神さまじゃないの?
「だ、ダメ、私は蛇神さまへの生け贄ですから、あなたが違うならやっちゃダメです」
「ブハッ」
男が豪快に吹き出して笑う音がした。
「すっごいいい景色だよ」
「ど、どこがですか、あなたどこ見てるの?」
「そりゃ、一番見たいところに決まってる。めくってい?」
「ダメだって言ってるでしょ、あなた用じゃないんだからっ!」
とことん焦った。
だって、ヘンな男に絡まれて私が純潔じゃなくなったら生け贄資格喪失で、村の飢饉は救えない。
何の見返りもない通りすがりの男に捧げられる贄ってあまりに情けない。