パート2:受付嬢は怖い(4)
アントの叫びとともに反撃を開始する彼らを、シュリは冷静な目で眺めた。
ハザードマンの身体能力はアントよりやや強い程度。つまりアディロンとタークには手に負えない。その為、正面でハザードマンを相手にするのはアントの役目だった。
――前もって指示すべきだったかと悩んだけど、やっぱりそうする必要はなかったね。
「ぐはぁっ!」
アントの大剣とハザードマンの手が正面から衝突した。ハザードマンの攻撃は早かったが、アントも大剣の大きさに似合わず速いスピードでそれに立ち向かった。瞬く間に数十回を超える攻撃が行き交った。そして瞬間、剣が弾き飛ばされたアントが隙間を露出した。
「ウリャッ!」
ハザードマンがアントの隙間を突くより先に、手にナックルをかけたアディロンが体当たりでハザードマンを阻止した。その隙に構えを整えたアントが剣を切り下ろし、ハザードマンは両腕でその攻撃を受けた。
「きゃあぁっ!?」
アントの剣を防ぐ為に腕が封印されたハザードマンの背中を、タークの短刀が切った。すぐに〈腐食の霧〉が噴出したが、シュリの魔法のおかげで何の問題もなかった。
「どこをよそ見してるんだよぉ!」
アディロンがナックルをはめた拳で奴の顔を殴りつけて体勢を崩し、アントが再び切り下ろした大剣が肩を打った。固い肌が少し砕けて血が流れ出た。しかし、傷は深くはなかった。
「ちっくしょう、固いな!」
悪口を吐きながらも、アントの顔は笑っていた。
しかし、ハザードマンは仮にもBランク。やすやすとやられるだけのバカではなかった。
「くゃぁっ!」
ハザードマンが濃密に圧縮された〈腐食の霧〉を地面に向かって噴き出した。
「ははっ、タワケ! どこを狙う……」
アントは勢いよく叫んだが、話を切りもしないうちに彼の体がぐらっと傾い、姿勢が完全に崩れてしまった。
「な、何だ!? 地面が……!?」
いつの間にか地面が溶け出していた。濃縮された〈腐食の霧〉が地面を急速に腐食させ、溶かして沼のようになってしまったのだ。足を支えられないから、近接型の3人は席を動かすことすらできなかった。
一方、ハザードマンは自分が作った腐食の沼から抜け出し、大きな岩を抜き取った。そしてアントに跳躍し、岩を叩きつけた。
「くっ!?」
アントは岩そのものは防いだ。しかし力と岩の重さに押され、腐食の沼に沈んでしまった。〈腐食の霧〉を無効化してくれる魔法も、溶けてしまった地面自体を戻すことはできなかった。その上、岩がそのまま彼を押さえつける重さになってしまった。
「どけ!」
ジョドの火炎魔法が飛んできたが、ハザードマンは避けもしなかった。ただ殴られても問題ないくらいだったから。ジョド自身もそれを知っていたので今まではアント達をバックアップすることにだけ集中したが、そのバックアップを受けていた奴らが全員腐蝕の沼に足を引っ張られてしまった。
――未熟だわね。まぁ、それでも私のアドバイスなしにこれくらいのことをしただけでも褒めるに値するかしら。
シュリはそう思ってジョドに近づいた。
「風魔法で霧を飛ばしなさい」
「は!?」
「そして地魔法で地面を固めて」
ジョドは意味を把握するより先にシュリの指示に従った。
ジョドを中心に風が吹き、霧がとても簡単に風で押し流された。その間、地魔法がアント達をまた上に吐き出し、沼になった地面もまた固まった。
「よくも暴れたな、野郎!」
アントは再び攻勢に転じた。ハザードマンは風で無力化される霧を自分の皮膚の上に凝縮して腐食の鎧を作り出した。それもアント達に通じないのは同じだったが、地面や周辺の物を腐食させながら、さっきのように隙間を作ろうとした。
シュリから見て、今ならアント達だけでも十分ハザードマンを討てるような気がした。
――あれ1匹は、ね。
シュリが目線をそらした直後、彼女の目が向いたところの草木が急に揺れた。
そこから飛び出したのはまた別のハザードマン。
アント達がハザードマン1匹を相手する間、遠くからやってきた別の個体だった。すでに1匹を相手にする3人も、そして彼らを支援する為に集中したジョドも、今まで気づかなかった。
そのハザードマンはそのままジョドに向かって跳躍した。
「くりゃっ!」
「ぬぉ!?」
内心は覚悟しながらも魔法を組み立てようとするジョド。しかし、彼の実力では間に合わない。
そしてハザードマンは頭頂部から股間まで完全に裂けて真っ二つになった。
「……え?」
「未熟だわ。強敵と戦っていたとしても、周辺の警戒は続けなければならないのよ」
ジョドの目の前に立っていたシュリが淡々と言った。
後になって状況に気付きてジョドの方を見たアント達も、魔力の揺れを感じたアントの方のハザードマンも、さらに目の前で一部始終を見たジョド自身さえも、何が起こったのか理解できなかった。
「ぼーっとしないで、戦え」
「……っ!」
――大したこともないのにね。
シュリは腕を振って血を振り払いながら鼻で笑った。
別にすごいことをした訳ではない。ただジョドの前に行ってハザードマンの心臓を素手で突き破って、奴の体を左右に引き裂いてはっきり殺しただけ。ただ速すぎて見えなかっただけだ。
ただ前後の状況上、どうなったのか察したジョドだけがやや震えていた。
それでもジョドもやはり経歴はあるハンター。ちょっと呆れたような顔をしながらも、再び手を広げて魔法を準備した。
***
「はあ、はあ、はあ……。クッソぉ、疲れたぜ」
アントはハザードマンの死体を見つめながら吐き出した。
アント達の挟み撃ちの末、ハザードマンは倒れた。その死体は良好で奇麗だったが、それは彼らの手腕が良いからではなく、ただハザードマンが頑丈だったからだ。それでも隙間を作って一気に心臓を破壊したおかげで、比較的傷の少ない死体となった。
「オレ達がハザードマンを倒せるとはな。何ともやればできるぜ」
「あの女は一撃で殺したがな」
「……あんな怖い女とは比べねぇよ」
とにかく、シュリの助けがあったとしても、ハザードマンを倒すことは彼らにとって十分に興奮すべきことだ。
その事実に浮かれていたアント達だったが、シュリは冷静だった。
「まだだわ」
「あぁん? またハザードマンがいるか?」
「いや」
シュリは森を睨み付けた。いや、正確にはその向こうにある何か……あるいは誰かを。
「はるかに危険な奴だわよ」
呟くと同時に、彼ら全員を包み込む巨大な魔法陣が現れた。
小説が面白かったら是非私の他の小説にも関心を持ってくださったらありがたいです!
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