パート2:受付嬢は怖い(1)
その日、ベルドの町のハンターギルドで小さな騒ぎがあった。
「聞いた? あのアントの奴がこの町に来たんだって」
「ああ、さっき聞いたよ。あいつが来るとは、急にどういうつもりだろう?」
「行く先々で勝手に迷惑だったあのヤロウがここに来るなんて、乱暴でもしなければいいんだが」
――もう噂が広まったみたいだね。
シュリは苦笑した。
アント達を制圧して〝契約〟を結んだのが昨日のこと。そしてその直後に彼らをベルドの町まで魔法で連れてきた。Bランク未満のハンターは経験どころか、見ることも珍しいという瞬間移動の魔法を使って。
――あいつら、瞬間移動の魔法でひとしきり騒いだわね。
その瞬間移動の主な使い方が昨日自分達のお金をかき集めるのへ使われた賭博資金の転送ということを知ったら、果たしてアントはどんな表情をするか。
想像してみるとちょっと面白って、シュリは上面にちょっと笑い出してしまった。
「先輩、何がそんなに面白いんですか?」
「みんな元気いっぱいそうでね」
リアの問いにシュリはそう答えた。元気よく働く人を見るのも好きだから、間違った言葉ではなかった。でもリアは少し渋い表情だった。
「みんな元気いっぱいなら私達の仕事が多くなるじゃないですか。私は暇なのが好きなんですよ」
「あら、それはそうだね。それでも人々の姿が良いのは仕方ないわよ」
「まったく、モテ女は考え方も違うんですね」
そう言うリアも十分モテる美少女だが、本人に全然自覚がないのが面倒臭い。
「それより先輩、大丈夫ですか?」
「ん? 何が?」
「アントか何かという奴がここに来るじゃないですか。すごく無礼で女にもむやみに接する人で有名ですよ。先輩に変なことしようとしたらどうするんですか?」
リアの言葉にシュリはまた苦笑した。
アントが良くない意味で有名だということは、シュリも知っていた。っていうか、実はあの知名度で最初から彼を狙っていたのだった。
シュリが人に内緒でやっている〝あること〟の為には、偽装用のハンターが必要だ。その偽装用のハンター……シュリが〝カカシ〟と呼ぶ者はいつも評判が悪い奴らの中で選ばれる。
当然だが、どの奴がその候補になるかは常に事前に調査しておく。アルベリーゼ王国で人性の悪いハンターのリストはすべて確保したといってもいいほど。その中で実力がない訳ではないが、だからといって特に強くもない曖昧な奴らが最も良いターゲットだ。
実はアントは以前からシュリが目をつけていた奴らの1人だった。一時は他の〝カカシ〟がいたので放っておいたけど、ちょうど席があいた。そしてそろそろアントの傍若無人な態度も改めるところだった。アントの活動領域はベルドの町ではなかったが、彼の迷惑の影響がそろそろここまで来ていたのだから。
素行の悪いハンターを〝矯正〟して、おまけとして密かに利益を得る手段として活用する。ハンターギルドにも、そしてシュリ自身にも得するウィンウィンだ。
もちろん、そんな事情を知らないリアが心配するのも当然だ。
「大丈夫、リア。そんなことは起こらないから」
「それをどう壮語するんですか? 聞くところによるとアントの奴、気に入らない人を夜に襲撃したりもするという噂もありますよ。今は勇者様が町にいらっしゃらない状況でもあるから何をしてくるか分かりません。本当に本当に気をつけないといけませんよ」
「うん、ありがとう。気をつけるわ」
そんな話をしていると、ちょうどギルドのドアが開き、人が入ってきた。ギルドの中にいた人々の目がそちらに注がれ、空気が一気に変わった。
その空気を端的に言えば「やっと来たな」と言えるだろう。
入ってきた人達は、まさに話題の人であるアントとその一味だった。
ただし、彼らの表情は昨日シュリの分身を襲撃した時とは随分違っていた。その時はシュリにやられるまでは卑劣で貪欲な笑いが多かったが、今は何か煙たそうな表情だった。まるで何かを警戒するような顔だった。
「やっぱり悪い奴みたいですね。でも何か、警戒が強そうに見えるんですけど……何か想像したのと違いますね」
他の受付嬢も大半が警戒半分、意外半分という感じだった。それほどアントが乱暴を働くのではないかという心配が大きかったのだろうか。
だが彼の曖昧な態度を見ると、次第に空気が変わった。
「まさか〝カカシ使い〟かな?」
「知らん。でもその可能性はあるだろう?」
ギルドの中にいたハンター達と受付嬢達がそんな話を始めた。すると、分からないという顔で首をかしげたリアがシュリについてきた。
「先輩、〝カカシ使い〟って何ですか?」
「そういえば貴方は初めて聞いたのね」
リアは受付嬢になってまだ1年にもならない新入りだ。〝カカシ使い〟の噂はリアが仕事を始めた後には別に言及されていなかった。それにハンターギルド内でのみ流れる怪談のようなものだから、リアが知らないのも仕方ないだろう。
しかしシュリが説明する前に、他の先輩が割り込んだ。
「〝カカシ使い〟ってね、このベルドの町のハンターギルドの都市伝説だよ!」
「都市伝説……ですか?」
リアは少し納得したかのように呼吸した。
この先輩、タイラは都市伝説や怪談に目がない。それに〝カカシ使い〟はハンターギルドの受付嬢達には肯定的なイメージがある。タイラが好きになるしかない組み合わせだ。
今もタイラは目を輝かせながら興奮を隠せずにいた。
「〝カカシ使い〟はね……ハンターギルドの正義の味方様だよ!」
小説が面白かったら是非私の他の小説にも関心を持ってくださったらありがたいです!
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