パート8:種族と種族(9)
「……どういう意味ですか」
「知らないふりしないでね」
シュリは露骨に魔力をむき出しにして魔族達を睨み付けた。ゲントロンを除いた残りの魔族が唾をごくりと飲み込んだ。しかしゲントロンは冷や汗を流しながらも毅然として立っていた。
「私は確かにこれ以上人間と戦争をしないでっていう伝言を残したわ。そしてそれがちゃんと伝わったということも……この前確認したよ。それなのにカオンはどうして魔王になった後に私の伝言を覆そうとするの? アンタ達はどうしてまた人間と戦おうとするの?」
魔族達は何も言わなかった。いや、もしかしたらできないかも。シュリが放つ魔力の量も、その中に込められた感情の激しさも、戦争を記憶する魔族さえも簡単に口を開けにくくする重さを感じさせた。
ゲントロンが口を開いたのは約2分後だった。
「貴方様がまだ魔王だった頃、今のカオナード陛下は貴方様の最も忠実な心服でした」
「そうだわ。カオンはいつもナンバー2として私を補筆してきたの。そして私の意思を心から支持してくれた数少ない奴でもあったね。だから私はあいつを信じて後を任せたのに、なんであいつは……」
「その意思をちゃんと伝えましたか?」
「……は?」
ゲントロンは厳しい目つきでシュリを眺めた。その目はまるで彼女を戒めているようだった。
義務を見捨てて去ったシュリをせきたてるように。
「まず質問にお答えします。カオナード陛下は人間を憎みます」
「え? どうして……」
「貴方様が人間の手に死んだから。お考えになったことはございませんか? そんなに貴方様に忠実だった者が、貴方様を失った後どんな気持ちだったのだろうか、を」
シュリは眉をひそめた。
ゲントロンが言ったことを考えなかったわけではない。ただ、実は深く考えたことは一度もなかった。3年前はただうんざりする戦争から逃げたいという気持ちだけが強かったから。
しかもシュリには自分が最強の魔族だという自覚があった。だからこそそんな自分が人間に死んだという結果を残したことで、勇者ベルドという存在を抑止力にしようとした。
――今思えばバカなことだったけどね。
そもそもベルドに殺されたと偽装しようとしたくせに、いざ人間と戦うなという遺言を残すなんて。ベルドを一時的に魔族陣営に受け入れ、彼の平和な生活が少しでも続いたことを考えると、前後の事情を知る者には変に見えるだろう。
そんな簡単なことさえ気づかず、カオナードの心を一度もまともに考えたことがないほど、当時のシュリはうんざりする戦争を何とか終わらせたいという気持ちでいっぱいだっただけだが。
「それでカオナード陛下はお待たせしました。自ら魔王の資格を持つまで。そしてその資格を備えた後、魔王の座に就き復讐を準備しました」
「じゃあ行って伝えて。私は生きているから復讐も何も要らないって」
「それはできません」
ゲントロンは目を細めた。その目に込められたのは深い疑念とかすかな怒りだけ。
「人間と戦うなという言葉を残して死んだという先代様が実は人間とともに生きていた。……この状況を我ら魔族がどう受け止めればいいですか?」
やっとシュリはゲントロンがのぞかせた敵対感の理由を理解した。
「私が魔族を裏切った……って言いたいこと?」
「無礼な言葉だということは自覚していますが……」
「いや、いいわ。つまらない礼儀をわきまえたからといって頭の中の考えまで変わるわけではないから。そして理解はするわ。そんな考えをすることもできるということくらいはね」
「それで真相は何ですか? 貴方様の口から直接聞きたいです」
「それに意味があるの? すでにアンタの頭の中では結論が出たようなのに?」
シュリは鼻先で笑った。
一つ一つ説明しても聞き入れるかは不確実だ。もしかしたら納得してくれるかも知れない。だがゲントロンの心の中ではすでにある程度結論が出たということを、シュリは感じていた。
〝それはできません〟
ゲントロンはシュリの生存をカオナードに伝えることを拒否した。そんな彼の態度から感じられたのは怒り。それはつまりゲントロンがシュリに裏切られたと感じたからだろう。
ひょっとすると説得できるかも知れない。試みさえしてみないのはバカなことだろう。しかし、シュリはあえて可能かどうかも不確実な説得などするつもりはなかった。
何より……それは魔族のやり方ではない。
「言いたいことは多いけど、今は省略するわ。今一つ一つ会話で時間を無駄にするつもりはないからね」
「どういう意味ですか?」
「アンタ達は人間に害を及ぼそうとしたの。とりあえずその罰で全員殴り倒す。対話はその後ゆっくりするわよ」
「……やはり人間の味方になったんですか?」
「そのクソみたい固い頭も殴って柔らかくしてあげるから覚悟してね」
シュリは魔力を引き上げた。それを感じた魔族達も戸惑いながら戦闘態勢に入った。そのうちゲントロンだけが依然として毅然とした目でシュリを睨んでいた。
しかし、それも長くはなかった。
「いいです。どうせ我らがやるべきことは変わりませんから」
その瞬間、ゲントロンの魔力が急激に高まった。
魔力だけではなかった。彼の角が一層大きくなり、白目が黒く染まった。そんな見た目の変化の他にも、筋肉の中を流れていた魔力がいっそう濃密になった。
シュリはその姿を見て目を細めた。
「なんだか面識がないと思ったら、アマドラン一族だったわね」
アマドラン一族。一時的に自分の力を大きく増幅させる秘術を持つ者達。Aランク級のゲントロンなら、瞬間的にSランクになれるほど強力だ。しかし、普段は閑散とした所に隠遁したまま修練に励む隠遁者でもある。
「お詫びが遅くなりました。ゲントロン・アマドラン、先代陛下に無礼を働きます」
「いいの?」
「構いません。貴方様を連れて行くことができれば、カオナード陛下がきっと貴方様を目覚めさせ……」
「その意味ではない」
シュリは微笑んだ。穏やかさとは程遠い、とても不遜で傲慢な笑顔だった。しかも話し方まで変わった。
「たかだかお前なんかの力で、私の相手になると思うのか?」




