パート8:種族と種族(8)
魔族達は突然現れた女を警戒していた。
何も感じられない。それが第一印象だった。外見は美しいが、魔力や力は少しも感じられなかったのだ。それこそどこにでもありそうな平凡な人間という感じだった。
しかし〈ビサナのゆりかご〉に一時的に開けた穴から入ってきたという点だけでも、普通の人ではないことは明らかだった。さらに〈空間転移〉に移った瞬間感じた巨大な存在感。その存在感があの女から感じられなかったが、関連があることだけは確かだった。
一方、その女――シュリは魔族達を見て苦笑いした。
「のんびり警戒するのはいいんだけどね。まだ戦うの? もうアンタ達が狙うのは失敗したけど?」
「……やはりそうだったのか」
「は? どういうことだよ?」
他の魔族の怪しげな目線を、ゲントロンは舌打ちで返した。
「しばらく結界が解除された時に感じなかったか? 〈大魔の行進〉が霧散した。どうやら我らがここで足を引っ張られている間に、誰かが魔法陣を解体したようだ」
「はぁ!? ちょっと待ってよ! まだ何分も経ってねぇぞ!」
「〈大魔の行進〉を解体するだけの魔法使いがその町にいたってことかよ!?」
「……あの勇者の拠点だから、もしかしたらあったかも知れない。そもそもその可能性を考慮したので、展開後お前らが町に突入して妨害工作を追加で展開する作戦を立てたのだ」
「そりゃそうだが……」
混乱に陥るところだった魔族達だったが、シュリの手を打つ音が彼らの注意を喚起した。
シュリは彼らの注目が自分に集まったことを確認し、口を開いた。
「そうよ、〈大魔の行進〉はもう消滅したわ。だからここで諦めるなら善処してくれるつもりだけど?」
「笑わせるな。貴様を殺してもう一度魔法を展開すればいい」
「そう、その気に障る奴らもまた会えば皆殺してしまうぜ!」
魔族達は闘志を燃やしていた。しかし、シュリはそんな彼らを露骨にあざ笑った。
「それができるわけないじゃない。現実的に考えてみて」
「どういう意味か」
ゲントロンはシュリの言葉を単なる挑発だとは思っていないように、彼女の気配に目をつけながら魔力を引き上げた。
――実質的にあいつがリーダーなのかしら? リーダーになるような奴のようだね。
一方、他の魔族はシュリの言葉にかっとなったり鼻で笑うなど、より感情的な反応だった。それでも行動に出ないのはゲントロンがあるからだろう。
――それよりあいつ、左腕はいつ再生したの? 再生の為に魔力をたくさん消耗したようだけどね。
「どういう意味って、判然としているでしょ。アンタ達の力では私に勝てないという意味なのよ」
シュリの言葉にゲントロンは眉をひそめた。
「大きくでるんだな。だが貴様の仲間は全員……」
シュリは最後まで聞かずに指パッチンをした。彼女の傍に〈分体形成〉の魔法陣が展開された。魔族達が反応する前に4体の分身が現れた。これまで魔族達を相手にした分身と全く同じ形だった。
魔族達が目を大きく開ける中、シュリだけが1人で笑った。
「たかが私の分身さえも手に余るアンタ達が本当の私を殺すって? 夢は夜に見るようにしてね」
そしてシュリは上を見上げた。彼女の鋭い目線が〈ビサナのゆりかご〉を見た。さっき穴がしばらく開いてはいたが、今は再び完璧にこの空間を隔離していた。
それを確認したシュリは自分を縛っていた制約を全部脱ぎ捨てた。
「うぉっ!?」
「くっ!?」
魔族達がよろけた。突然の魔力の嵐が彼らを押し出したのだ。それぞれAランクの彼らさえもバランスを崩すほどの激しい嵐だった。
その中心に立ったシュリが口を開いた。
「ありがとね」
「何を……」
「ある意味隠れて暮らす立場だからね。むやみに全力を発揮できないわよ。でも……〈ビサナのゆりかご〉なら話が違うの。ここなら全力を発揮してもその気配が外に漏れないからね」
その言葉を聞いた瞬間、ゲントロンは直ちに〈ビサナのゆりかご〉を解除しようとした。しかし、その時はすでに魔法の制御権を奪われた状態だった。
――魔法の主であるわしさえ知らない間に魔法を強奪したと!?
驚愕するゲントロン。だがその程度はただの予兆に過ぎなかった。
シュリの頭から生えたのは4つの角。そして背中からは黒い羽の翼が広がり、矢じりのような先の部分を持つ2つのしっぽが骨盤から伸びてきた。
その姿を知らない者はこの場にいなかった。
「先王陛下……!?」
「バカな、確かにお亡くなりになったと……」
「だまされるな! 人間の浅はかなごまかしだ!」
他の魔族が動揺する間、ゲントロンだけは目を細めたまま平静を保っていた。その姿はシュリにもかなり印象的だった。
「アンタは落ち着いてるね」
「尋常でない者とは思っていましたが、まさか先王陛下とは。無礼をお許しください」
「アンタは私をよく知っているようね。私はアンタを知らないのに」
「……1つお聞きしてもよろしいでしょうか」
シュリは承諾の意味で頷いた。するとゲントロンは低い声で質問を続けた。
その声に込められた感情は、決して肯定的ではなかった。
「何故、先王陛下が人間を助けるのですか?」
「待ってよ! アレは偽物だぜ! 陛下を侮辱する……」
「黙れ、タワケめ! 陛下にお目にかかったことがあるくせに分からないのか!!」
ゲントロンの迫力に他の魔族は口をつぐんだ。しかし、それはシュリを尊重するからではなかった。
むしろシュリがゲントロンの静かな目から感じたのは……冷たく沈んだ敵対感だった。
「もう一度お伺いします。……何故、先王陛下である貴方様が、人間をお助けになるのですか」
「逆に私も1つ聞いてみるわ」
シュリはその敵対感の原因を推し量りながらも……いや、推し量るからなおさら、自らも敵対感を覗かせた。
「アンタ達は……カオンはどうして私の意思に逆らうの?」




