パート8:種族と種族(1)
周辺一帯を巨大な魔力場が覆った。そして瞬く間に魔力のカーテンが構築された。ドーム状の結界が一帯を完全に封鎖した。
「これは……〈ビサナのゆりかご〉?」
「古代の魔王ビサナが残した結界魔法まで知っているのか。この前の大戦争の時も使われたことのない魔法だがな。やはり貴様、凡人ではないな」
「内部と外部を完全に断ち切る防御兼遮断の結界だね。これで一帯を塞いだというのは……私を捕まえておくのが目的なんだね?」
「さて、どうだと思うか?」
ゲントロンは考える時間を与えないらしく、魔法陣を展開しながらシュリに飛びかかった。シュリも魔法陣を展開して立ち向かった。あっという間に拳と魔法が何度も交差した。
――〈ビサナのゆりかご〉は遮断力だけは最高レベルの結界。しかし、そのせいで外部からの支援も受けることができない。それで私を含むこの一帯を封鎖したということは、私をこの場に閉じ込めるということだろうね。
シュリの足を奪う。それで得られる得と言えば……。
――多分ここ以外の場所で何かやらかそうとする奴らがいるかも知れないね。こいつの役割は多分その為の時間稼ぎだろう。
その瞬間、ゲントロンの拳がシュリの防御の魔法陣にぶつかった。ゲントロンは魔法をかけて防御を壊そうとし、シュリは防御の魔法陣をさらに堅固にした。激しい魔法の力比べが成立された。
「余裕があるな」
その途中ふと、ゲントロンが口を開いた。
「別のことを考えているのが丸見えだ。そんな状態でもわしと互角に渡り合うとは、本当にすごい奴だな」
「そう言うアンタは〈ビサナのゆりかご〉を維持しているんじゃない? それ展開する時も魔力を大量に食べるし、維持するにも魔力と集中力が必要な魔法だから。勝手に鎖をつけて戦うようなものだわ」
「否定はしないが、どうやら大きな意味はなかったようだな。貴様の魔法通信は切れていないようだから」
「何言ってるの?」
「しらばくれるな。〈ビサナのゆりかご〉は物理的なものだけでなく、魔法もすべて遮断する。通信さえもだ。ところが、貴様に繋がった魔力の線は切ることができない。それがあることも結界のおかげでやっと分かったところだ」
――へえ、なかなか気が利くね。
当たり前だけどシュリの今の身は分身。本体と意識を共有する分身だから、その為の魔力の線はつながり続けていた。
ただし、分身への魔力供給だけは絶えた。〈ビサナのゆりかご〉はシュリさえも魔王の力を示さずには簡単に破れない大結界。結界の影響を全く無視することはできない。
もちろんそんな事情を根掘り葉掘り言うつもりはないが。
「それを知っていれば、今やることは意味がないということも分かるはずだけど?」
「貴様がこの場にいるだけでも意味はある」
「ふぅん、やっぱりそうなんだね」
――多分この一帯の最大戦力が私だと思っているのだろうね。だから私をこんなに別に引き離して事を起こそうとするの。
いかにしてシュリを平原に誘導したか……などの質問は要らないだろう。恐らく特別にシュリを連れ出そうとしたのではないはずだ。どうせこの間シュリがエンシス平原に現われたから、次に来るまで待っていたんだろう。
――こいつが情報を漏らしてくれる様子はないね。心当たりはいくつかあるけど、しっかり確信を得るにはやっぱり追加情報が必要だわ。
〈ビサナのゆりかご〉を壊して抜け出すこと自体は難しいが可能である。しかしゲントロン、あるいはゲントロンを含む様々な魔族らの狙いがシュリをここに捕らえておくことと関連があるのであれば、その術数にわざと乗ることで動きを引き出せるだろう。
シュリはそう判断してすぐに本体で活動を開始した。
[ギルドマスター、どうやら周辺を警戒すべきだと思うわ]
本体ですぐに秘密魔法通信をマナードに送った。返信はすぐ届いた。
[急にどういうことだ?]
[今私の分身がエンシス平原に現れた魔族と交戦しているわよ。強力な大結界で私をその場に閉じ込めるのが目的のようだわね]
[君を隔離した後に他の策略を働かせるということか?]
[多分ね。何を企んでいるのかまだ分かっていないよ。でもエンシス平原の近くで一番美味しそうな餌なら、やっぱり勇者ベルドの故郷であり拠点でもあるここじゃない? ちょうどうちの旦那様は遠征任務で席を空けたんだしね]
[そうだな。だが魔族の襲撃の可能性を公表したらみんな混乱するだろう。確かな情報がないとリスクがあるぞ]
[それはそうだね。それでは……まだ任務に出ていないハンター達は待機させて。そして町の警備隊と接線し、内部のパトロールや警戒を強化してね。任務に出たハンター達に下す指示は一任するわよ。周辺の警戒と捜索は私が直接するわ]
[一人でできるか?]
[私が誰なのか忘れたの?]
シュリはすぐに魔力を動かした。本体はまだ受付嬢として勤務中なので、露骨に魔法を使うことはできない。だが密かに遠隔で魔法を使うことぐらいは彼女には何でもない。最初からこのような事態に備えて町の外にあらかじめ設置しておいた魔法もあるし。
シュリの視界と聴覚が広がり、平原や森のような光景が見え始めた。ベルドの町の外に形成された使い魔の感覚だった。力を共有して戦闘が可能な分身は多く作ることはできないが、単なる偵察用に過ぎない魔法の使い魔ぐらいはいくらでも作れる。
[臨時の使い魔を利用して周辺を見回すわ。だから町の外は私に任せて……]
通信を終える前に、使い魔の一部が消滅した。攻撃を受けて消えたのだった。
[どうやら当たったみたいだね。今後は任せるわよ]
シュリは直ちに使い魔達を動かした。
――ここからは時間の戦いだね。




