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パート7:嵐の前の静けさ(7)

 その魔族は前回の奴と違って、自分の正体を隠す服装ではなかった。


 茶色の髪を短く刈り、動きやすそうな上下着を着た男だった。相当な筋肉質だった。当然魔族の身体的特徴も持っていた。


 シュリは相手の動きに注意しながら口を開いた。


「アンタも半魔族だね?」


「そういう貴様は相当強い人間だと?」


「あら、私のこと聞いた?」


「もちろん。人間だからといって侮ってはいけない奴だと聞いた。確かにその理由が分かったな」


 それを聞いた途端、シュリは相手の危険度を上方修正した。


 ――私なりに魔力を隠しているのにね。


 バロディンもそうだったし、前回の魔族もそうだったし、Aランクといってもシュリの力をまともに見抜いた者はいなかった。今のこの魔族もどれほど正確に見ているかは分からない。しかし、あの程度の評価だけでも相手を警戒する理由になった。苟もシュリには。


 相手の強さ自体は、今回もAランクくらいのようだった。だが戦いに臨む心構えが違えば、発揮する力もレベルが変わるしかない。


「本当にそう思うなら、そのまま帰ってくれればありがたいんだけど?」


「それはいかん」


 男は両拳を1度ぶつけた。特に魔力がこもってもいない動作だったが、まるで鋼鉄がぶつかり合ったような衝撃音が響き渡った。


「そもそもそんな言葉などで戻るのだったら、わざわざここまで来ることもなかっただろう」


「じゃあ、何をしようとして来たの?」


「言う必要はない」


 ――口が重い奴だね。


 シュリは頭巾の下で眉をひそめた。


 実は相手の態度よりも、相手の存在そのものが気になった。魔王としてシュリは魔王軍に属するAランク以上の強者を全て把握していた。いくら魔族とはいえも3年でAランク級の強者が量産されるはずがないのに、今まで見た魔族のうち旧知はバロディンだけだった。


 ――元々才能のあった子ども達が3年間成長したり、それとも私の魔王軍に入ってこなかった隠遁者達かしら?


 気になるけど、今すぐ調べる方法はない。それほど重要でもないし。


「わしはゲントロンだ。貴様は誰だ?」


「今さら名乗るなんて、変わった性格だね。ごめんけど明らかにする名前はないわ」


「そうか。構わない」


 その瞬間、ゲントロンはまるで瞬間移動のようにシュリの目の前に現れた。拳を振り上げたまま。


「せっかちだわよ、本っ当に!」


 拳と拳がぶつかった。まるで鉄塊同士がぶつかったような轟音が響いた。直後、2人の間の空間に大小の魔法陣が無数に現れた。あらゆる魔法の混じった魔力の嵐が吹き荒れた。その嵐の向こうからゲントロンの声が聞こえてきた。


「なるほど……! 人間の中では群を抜くレベルだな! 貴様ほどの強者が何故前の大戦争の時には出てこなかったのか!?」


「そう言うアンタこそ!」


 シュリは魔力の嵐を通り抜けて突進した。拳を包む形で3つの魔法陣が展開された。それがまたもやゲントロンの拳と衝突した。ゲントロンの拳の骨が砕けた。しかしその瞬間、ゲントロンは反対の手で〈大炎柱〉の魔法陣を展開した。巨大な火柱がシュリに向かって噴出した。


「ふん!!」


 シュリはすぐに魔法陣を多重に展開した。〈地獄の手〉の巨大な獄炎の手が〈大炎柱〉を防いだ。そして上空ではそれよりさらに巨大な一対の腕が現れ、ゲントロンを狙った。


「昔の魔王マイヤが残した大魔法〈マイヤの腕〉と獄炎魔法〈地獄の手〉か。伝え聞いた時には手違いではないかと思ったが、どうやら違ったようだな。これはとても手に余る」


「嘘をつくなら、せめてあわてたふりでもしたらどう? 顔から余裕が完全に溢れているわよ!」


「それなりに本気、だ!!」


 ゲントロンは同じ〈地獄の手〉を使ってシュリのものを相殺した。そして空から自分を襲ってくる〈マイヤの腕〉を睨みつけると、空に向かって拳を力強く突き上げた。


「うぉおおおおお!」


 巨大な〈地獄の手〉が現れ、〈マイヤの腕〉を押し出した。同時にシュリに向けても魔法陣がいくつも展開された。小さいが無数の獄炎の魔弾がシュリに向かって発射された。シュリは防御の魔法陣を4重に展開してその弾幕を防いだ。


 ――制御が比較的容易な小規模の獄炎を数で補強する、か。なかなかセンスがあるね。


 シュリが考えるその短い瞬間にも、ゲントロンは魔法陣を展開して飛び込んできた。華麗なる雷電がシュリに降りかかる一方で、ゲントロンの両腕には熱い獄炎が宿ってた。シュリはそれを確認するやいなやまったく同じ魔法で立ち向かった。獄炎のこもった拳がぶつかり合った。


 ゲントロンはシュリの腕を見て眉をひそめた。


「〈地獄の手〉を自分の身体に宿り、体術の威力を引き上げる技。……やはり貴様、ただの人間ではないんだな。どこでそんなことを学んだか?」


「何言ってるのか分からないけど?」


「しらばくれるな。使う魔法も、それを扱うコツもすべて魔族のものだ。確かに数多くの戦争を経て、魔族と人間は互いの魔法と技術を盗んできた。しかし、貴様が見せたのは先代魔王であるカシュレア陛下が残したものだ。人間が簡単に習得することはできぬ」


 ――人間も何も、私がそのカシュレア本人なのに。


 シュリは思わず苦笑した。もちろん率直に言うことはできないが。


 表情は覆面に隠れていたが、気配でシュリの感情を感じたのだろうか。ゲントロンは目を細めてまた口を開いた。


「……やはり答える気はないか。まぁ、構わない。わしは自分のすべきことをするだけだ」


 ゲントロンの体から魔力がほとばしった。シュリは当然攻撃が来ると判断し、対応を固めた。


 だがゲントロンのやったことはシュリの予想を少し外れたことだった。

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