パート7:嵐の前の静けさ(6)
エンシス平原で魔族を発見して数日後。シュリは再びアント達を連れてエンシス平原に来ていた。
というか、ずいぶん文句を言われていた。
「結局俺らに押しつけて帰ってこねぇとは、無責任過ぎじゃねぇか?」
「うえぇ、姉貴。おれ死ぬかと思ったんっすよ」
「仕方ないじゃない。大事なことがあったから」
「あーん? それが何だ?」
アントはしきりに舌打ちしてシュリを睨んでいた。
――かなり苦労したようだね。
まぁ、そもそも原因はシュリが彼らを放置したことだから仕方ない。いくらシュリが強化魔法をかけてくれたとしてもBランク魔物4匹は元々ならアント達が絶対に相手にできないから。単に強化魔法とわずかな経験のおかげで何とか持ちこたえたに過ぎない。
シュリも自覚はあるので苦笑した。
「ごめんごめん。でも私も別にアンタ達を死なせるつもりはないわ。アンタ達が死なないという確信があったから置いて行ったと思ってくれたらいいのよ」
「ったく……」
アントはため息をつくだけだった。そもそもそれ以上文句を言っても意味がないが。
「それで? 一体何しに行ったんだ? 単純に他のハンターにバレたくねぇっていう理由だけじゃねぇはずだが? テメェなら隠れることぐらいはできるじゃねぇかよ」
「魔族を探しに行ったわよ」
その一言で雰囲気が一気に重くなった。
アント達もシュリとバロディンの戦いを見ただけに、魔族がどれだけ脅威的なのかはよく知っている。魔族が近くにいたかも知れないということを聞くと、当然心が乱れるしかない。
しかし、短くてもシュリと一緒にいながら経験を蓄積したおかげだろうか。アントはため息をつくだけで物怖じしなかった。
「この前もそうだったのにまたかよ。まさか最初から魔族を捕めぇようと来たのか?」
「今回はそうなの。最近エンシス平原で魔物の数とランクが上がったのは知ってるよね? アンタ達も知っているはずだけど、人為的にそんなことを起こせるのは魔族の細胞だけだわ。だから魔族が関与している可能性があるの」
「俺らは何も知らずに魔族と出くわすところだったかよ? 悪趣味だな」
「あら、いまさらだね。それでも心配しないで。本当に魔族に出くわす状況だったらアンタ達を避難させたから。邪魔な奴らを連れて戦うつもりはないのよ」
「役に立たねぇ言葉だな。それで? 今日は具体的に何をするかよ?」
「もう一度魔族を探すよ」
それを聞いた途端、アントは何とも言い難い微妙な顔をした。他の人の反応も同様だった。シュリは何が問題かというように首をかしげるだけだったが。
「どうしたの?」
「……先ほど確かに〝邪魔な奴らを連れて戦うつもりはない〟って言ってなかったか?」
「ああ、そういうことだったね。巻き込まれるのを心配してたの? 大丈夫よ。そのくらいは対応するから。アンタ達としては自分が魔族と関わりさえしなければ大丈夫だと思うはずだけど」
「はぁ。他の奴らがやられるのは正直知ったことじゃねぇが、町や国が滅びるのは別問題だぜ。俺らの居場所がねぇからな」
シュリは思わず笑ってしまった。
――それでも少なくとも守らなければならない限界はあるようだね。そんなことすら気にしない奴らも多いのに。
「それで? 魔族を探すと言ったが、どうやって探すのかよ?」
「一応平原全域を魔法で探索してみるよ。その為に今日はギルドマスターに特別にお願いもしたし」
シュリがマスターにしたお願い。それはエンシス平原の依頼をすべて凍結してほしいということだった。
エンシス平原は面積がかなり広い。当然、平原全域を魔法で探索することは容易ではない。そしてもちろん、シュリには平原を駆け回って小規模な探索魔法を繰り返すつもりはない。
だが平原全域を一度に探索するレベルになると、一般的には複数の魔法使いが出てはじめて可能な大規模になる。それを1人でできる魔法使いなら当然知名度がある。知られていない魔法使いが突然現れてそんなことをしてしまうと、色んな意味で騒がしくなる。
だからシュリはエンシス平原にハンターが来ないようにマナードにお願いし、ハンター以外の人がいるかもすでに確認済みだ。大規模とはいえ単なる探索魔法なら、平原の外からまで魔力の気配を感じるほどではないから。
「平原全域とは……普通ならタワゴトだと思うけどな」
ジョドがそう言った。レベルはさておいても一応魔法使いであるだけに、シュリの言葉の重大さに気づいたようだった。
「みんな下がって。今から始めるから」
シュリはそう言っておいて魔法陣を展開した。足元、腰付近、頭上にそれぞれ巨大な魔法陣が水平に展開された。魔法陣の間に魔力が流れ、次第に強く光っていった。それが頂点に達した瞬間、シュリが右手を横に振った。
ドーナツのような魔力光がシュリから広がった。そしてシュリの頭の中にはエンシス平原の立体図面が描かれた。地形、動物、魔物……あらゆるものが種類によって異なる色で表示された。そのうちに一つだけ、色の違う個体がいた。
その個体はそれほど遠くない所に立っていた。しかし探索魔法の波動が過ぎ去った直後、急にシュリの方へ高速で近づいてき始めた。
「来るわ。退いてね」
「なっ!?」
アント達は驚きながらも素早く動いた。だが彼らが逃げた距離はせいぜい40歩ぐらい。それなりに全力を尽くして走ったのだが、相手がシュリと激突した方が速かった。
稲妻のように飛んできた誰かが、すぐにシュリに突撃した。2人の拳が正面からぶつかり、まるで爆弾が爆発したような轟音と衝撃波が周辺を襲った。その衝撃波がアント達を吹き飛ばした。しかし、激突の主人公2人はただ数歩後退しただけだった。
「なかなかだな、人間」
「最近魔族達にそのセリフが流行っているの? 似たようなセリフをずっと言われているけど」
魔族がつっけんどんに呟き、シュリはにこっと笑いながら答えた。けれども、目だけは真剣にお互いを睨み合っていた。




