パート1:可愛い受付嬢の日常(2)
主人公の名前の表記を〝シュリー〟から〝シュリ〟に変えました。
混乱をおかけして申し訳ありません。
ベルドの町からかなり離れたとある町。
その町の外郭で、夜を照らすには小さすぎて微弱な光が地上を横切っていた。
その光はまるでネズミが人間を避けるように隅を歩き回り、とうとう誰もいない裏通りに着いた途端止まった。直後、その光を中心に土地に複雑な図形と文字が描かれ始めた。
それは魔法陣――魔力という特殊なエネルギーを原料にあらゆる現象を引き起こす超自然的な技芸、魔法というものを発動する為の基本的な触媒だ。
編み物やお湯を沸かす細かいものから大爆発で都市を吹き飛ばすことに至るまで、魔法は世の中の様々な現象をほとんど全部再現できる。そんな点から見ると、このような奥まった所で密かに魔法が発動するという状況自体が脅威的だ。
しかし魔法陣は輝いても破壊力を噴出することもなく、ただ静かに中心部に魔力が集中するだけだった。そして集まった魔力が塊のように膨らみ、人間の形象を作り出した。背が高くてすらりとした金髪の美女だった。
――うん、いいね。今日はこれにしよう。
身長も、顔立ちも、ポニーテールで結んだ髪も、そして身長に比べて貧弱な胸の大きさまで、すべての面で似たところは全然なかった。でもその人は間違いなくシュリだった。
高位魔法〈分体形成〉。本体と意識を共有する特殊な分身体を作り出すが、意識を共有するからそれだけ制御しにくい魔法でもある。だがシュリはあまりにも慣れたように分身を動かした。
軽快な足取りで訪れた所は――賭博場だった。
なめるような目線があっという間にシュリに集まった。下品極まりない笑い声や唇をなめる声のようなものも聞こえたが、彼女は何のためらいもなく中に進んでいった。そして魔法で本体から密かに転送したお金を全部チップに変え、カードゲームをする席の前に立って声をかけた。
「席あるの?」
ちょうど空席が1つあるテーブルだった。座っていた人は4人。荒々しく険しい顔つきの男が2人、そして卑劣に見えるやせっぽちの男が1人、最後はローブを巻いた陰気な男だった。
1番図体の大きい男がシュリをジロジロ見るながらにやりと笑った。
「可愛いな嬢チャンだぜ。こんな汚い所にはナニをしに来たんかよ?」
「お金をもらいに来たんだわ。他の理由があるの?」
「ホぉ、堂々な嬢チャンだな。ハダカになってもそんなに堂々できるか見てみようぜ」
「さあね、そうなったことがないから私でも分からないわ」
シュリの力強い返事に、男は下品に笑った。
「今日が初めての経験だな。ビリビリな経験期待しろぜ」
***
「――それで? 初めての経験はいつ頃させてくれるの?」
「うぐっ……!」
シュリが憎らしく笑ってそう言っても、男は歯を食いしばってブルブル震えるばかりだった。
男4人のうち、3人のチップはもう枯渇した。1番大柄な男だけはまだ残っていたが、せいぜい4つだけ。それに比べて、シュリのチップは数を数えるのは意味がないほどの山だった。そして男の持つ最後のチップ4つの運命が、今2人が手にしたカードにかかっていた。
すでにチップは全部かけてある。残ったのはただカードを見せるだけ。しかし男の顔には冷や汗が流れる反面、シュリは余裕満々だった。
――いや、違う……今回は確かな手札だ。この手札を持って負けるワケがねぇ!
「こっからはオレがまた持って行こうぜ!」
男は勢い良く叫び、カードをテーブルに投げつけた。
そして男は見た。シュリの目と口が弓のように曲がるのを。
「あら、残念」
シュリが置いたカードを見た瞬間、男の口からがりっと歯ぎしりの音がした。
――負けた。
「これは……これはとんでもねぇ!」
男は立ち上がって、テーブルを手のひらで叩きつけた。ドカン、という音とともにチップがバラバラと落ちた。
でも彼の燃える目線を浴びるシュリは相変らず平気だった。
「あら、いきなりどうしたのかしら?」
「貴様、なんのまやかしを使ったんだ!?」
「どうして私を責めるのかしら? こうなったのはアンタ達がひどいほど下手クソだからだもの。チップをずっと追加しながら、5回もゲームをしながら1回もまともに勝ったことがないでしょ?」
「尼っちょが……! ターク!」
卑劣に見えるやせっぽちがぱっと起き上がった。その手にはいつの間にか短刀が握られていた。だが彼が短刀をシュリに振り回した途端、シュリは指を1本だけ彼に向けた。
次の瞬間、やせっぽちの男は盛大に回転し、賭博場の壁に飛ばされてぶつかった。
「……は?」
「やっぱり面白いわね。バカがかっとなって飛びかかってくる有様なんて」
「尼っちょが!」
シュリの挑発に男がまた怒ったが、彼が動くより先に賭博場の用心棒と見られる荒くれ者達が近づいてきた。
「アント様。喧嘩はせめて外でやってください」
「くっ……」
男は拳をブルブル震わせながら席に座った。勝てない……というより、ここで乱暴を働いたところで得にならないからだろう。シュリから見て彼はあの賭博場の用心棒と戦っても十分勝算がありそうな実力に見えたからだ。
「おかげ様で今日は結構儲かったし、そろそろ行ってみようかしら」
シュリが手招きすると、床に落ちたチップが自然に上に浮かんできて、テーブルの上にまた集まった。彼女はそのままチップを全部お金に換えて賭博場を出た。
外はすでにすっかり暗くなっていた。最初に来た時から夜遅い時間でもあったし、こんな時間に開いている店なんかは賭博場や居酒屋のような所以外はほとんどないから。それでも月が明るいおかげで視界に問題はなかったが、通り過ぎる人は当然いなかった。
当然、誰かに襲われても助けなんて望めない状況だった。
「……そろそろ出てきたら? こそこそストーカーのようについてきたりして、男として恥ずかしくないの?」
シュリは町の真ん中で立ち止まり、声を張り上げて言った。すると、まるで彼女を取り囲むように四方から人影が迫ってきた。日陰を抜け出して月明かりの下に現れた姿は、さっきまで賭博場で彼女に思いっきり負けていた男の4人だった。
シュリの正面に出てきた男、四人の中で1番大柄な男――賭博場の用心棒にアントと呼ばれていた男が下品に唇をなめた。
「金返してもらいに来たぜ、このナマイキな尼っちょめ」
面白かったら是非私の他の小説にも関心を持ってくださったらありがたいです!
●最強の中ボス公女の転生物語 ~憎んだ邪悪なボスの力でみんなを救いたい~
https://ncode.syosetu.com/n1356hh/
●逃げてしまった神様が世界を〝観察〟しています
https://ncode.syosetu.com/n1593hj/