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パート6:対策(1)

「みんなご苦労だった。それじゃ、乾杯!」


「乾杯!」


 みんながグラスを持ち上げて勢いよく叫んだ。


 ベルドの町のハンターギルドは、職員同士でよく会食をする方だ。今の集まりもそのような会食の一環だが、いつもとは少し違うものがあった。


「やあ、久しぶりにマスターが参加してくれて嬉しいですね!」


「こんなおじさんが何がいいと言うんだ」


 男性職員の言葉にマナードは苦笑した。


 ギルドマスターのマナードは普段あまり会食に参加しなかった。言葉では忙しくて行けないと言うが、実は若い職員同士の親睦を図ってほしいというのが職員達の推測だった。しかし、今回は珍しく彼が先に会食を提案し、出席までした。


 ベテランの受付嬢の1人がにっこり笑ってマナードを見た。


「いいえ、マスターがどれだけ良い方かは私達皆が知っているんですよ。むしろ参加を望む人がもっと多いと思いますよ?」


「言葉だけでもそうしてくれるのはありがたいだな。さあ、気軽に楽しめろ。ワタシには気にしなく」


 他の社員達がそのようにマナードと話しをしている間に、リアはいつものようにシュリの腕にしがみついた。


「シュリ先輩ぃ~。良かったですよぉ~」


「貴方はお酒も飲んでないくせに何してるのよ」


 シュリは苦笑しながらリアのグラスをのぞき込んだ。もしやと思ったけど、やはり酒じゃなくてジュースだった。


 この国は未成年者の飲酒を禁じている。その為、まだ未成年者であるリアは酒を飲めない。


「でもぉ~、魔族怖かったんですよぉ~」


 その言葉に皆が暫く口をつぐんだ。


 アント達が捕獲してきた魔族。ギルドマスターであるマナードがちょうどギルドにいたから良かったが、もしそうでなかったら他に状況を収拾する人がいない。


 魔族は何の問題も起こさなかったが、その存在だけでも人々を緊張させるには十分だった。


 まともに戦えない子供でさえ最小Cランクの強さを誇る戦闘種族で、人間とは根深い憎悪にとらわれた種族。もしその魔族が都心の真ん中で暴れていたら、被害規模は想像もできないレベルだったかも知れない。


 だからこそ、強力で徳望のあるギルドマスターの存在は彼らにとって非常に大きかった。


「でも結局何の問題もなかったよ。やっぱマスタ一だ!」


 誰かがそう言うとみんな頷いた。マナードは彼らのそんな態度に苦笑するだけだったが。


 とにかく、そんなに盛り上がってからは、一気ににぎやかになった。シュリの周辺でも多くの話が行き交った。


「ねぇねぇ、あれ聞いた? アルセンの森の北部にAランク級の魔物が現れたそう」


「あら、まさかここまで来ないよね?」


「南のこことはまったく反対だから大丈夫でしょ。もし来ても勇者様がいるじゃない」


「でも勇者様はご出張中じゃない。帰ってくるまでずいぶん残っているはずなのに……」


「何を心配してるの!」


 そこでいきなりシュリに目線が集まった。


「……急にどうしたの?」


「へぇん、知らんぷりしないでよぉ~。その気になれば勇者様をすぐ呼べるじゃない?」


「いいね~。勇者様は強くてハンサムで優しくて、本っ当に完璧な花婿候補ですからね~」


「まぁ、どこかで〝血風の勇者〟とか何とかと呼ぶというけど、それは私達とは関係ないからね」


 シュリは苦笑しながら口を開いた。


「そんな話はもうやめて。それより最近エンシスの平原にも何か不穏な動きがあるそうですけど、先輩何か聞いたことはありますの?」


 エンシスの平原。


 ベルドの町の北側にあるアルセンの森とは異なり、町の西にある巨大な平野地帯だ。過去の大戦争の時、多くの占領戦が行われた場所でもあり、莫大な血と恨みが染み込んだ土地とも呼ばれる。


 ――まぁ、実際も危ないとこだし。


 戦争で荒廃したそこは今も放置されている。


 いや、むしろ以前よりも魔物が多くなった。そのおかげで周りの町のハンターギルドには良い収入源の1つでもあるが、ハンターでない人々にとっては悩みの種そのものだ。


 シュリが新たな話題を投げると、受付嬢の何人かがそこに飛びかかった。


「あ、そういえば噂を聞いたよ。何か翼の付いた変な奴を見たとか」


「今回来た魔族を考えると、それも魔族かも知れないよ」


 この前、Cランクのチームが平原に行ってきたんです。Bランクの魔物が飛び出して急いで逃げたと聞きました」


「まぁエンシスに魔物が多いのは普段のことだけど、何か数やランクが普段とは少し違うようだという報告は多いよ。小さな違和感レベルとはいえもね」


 ――違和感……か。


 まことに不穏を極める話だが、まだ明確な手がかりはない程度だった。詳しいことは分身を送って直接調べる方が早いだろう。


 ――でも違和感を感じるという話があるのを見ると、やっぱり何かあるかも知れないね。


 魔族関連ならまた新たな魔王の陰謀かも知れない。それではなく単純な高ランク魔物の出現であれば、またアント達を使って儲けるチャンスだ。


 ――これは勘だけど……たぶん両方だと思う。


 においがする。甘いお金のにおいと、怪しくて危ないにおいが。


 そんな思いをして密かに笑っていたシュリはふと、周辺を見回っていたマナードと目が合った。ほんの束の間に過ぎなかったが、その瞬間シュリはマナードが自分を見た理由に気づいた。


「すみません。ちょっとトイレに」


「うん、いってらっしゃい~」


 シュリは飲み屋の奥のトイレに行った。


 一方、シュリの姿がホールから消えた直後。マナードは持っていたグラスを奇麗に空けて席を立った。


「ちょっと風に当たってくるぞ。気楽に楽しむように」


 マナードは飲み屋から出て行った。


 外は暗かったが、まだ人がいた。深夜というには早い時間だからだろう。


 マナードはそのまま飲み屋の横の路地に入った。人もなく、外からのぞいている人もいなかった。その瞬間、彼を見る人は誰もいなかった。


 その時マナードの足もとから魔法陣が現れた。そして彼の姿が路地から消えた。


 その席には静寂だけが残った。

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