パート5:魔王という存在(5)
シュリの笑顔を見たバロディンは顔を赤らめて背けた。その姿にシュリは先ほどとは違った意味で笑った。
――ふふん。無邪気な奴。まぁ、こいつ恋愛なんてしたことのない奴だからしょうがないね。
……そんなことを口に出してはバロディンが幻滅するかも知れないが、当然シュリはそれを外に出すバカではない。
「この国には犯罪者を国家の所属で働かせる制度があるわ。あらゆる条件と制約がつく代わりに、社会で人々の為に働くようにする制度なのよ」
「俺に人間の国の為に働けと言うのですか?」
「今度はそうしてほしいわ。でも今はないの。とりあえず現魔王の元に戻ってね」
一見すると解放させてやるというように見える言葉。だがバロディンはシュリの狙いをすぐに見抜いた。
「俺をスパイとして使うんですか?」
「気が利くね。そうなのよ。アンタにとても密かな感覚共有の魔法をかけるよ。必要な時に視覚と聴覚を共有できることでね。それでアンタが見て聞くことを直接把握するわ。共有しない時に分かったことも直接整理して教えてあげればもっといいし」
「……共有の条件は?」
「私達の1人がそれを欲しい時。もちろん、私が共有を求める時は先に通信を送るよ。用を足していたり、1人で慰めている時に勝手に共有してしまったらアンタ前も困るでしょ? ……あ、私に下品な場面見せたらダメだよ?」
「そんなことしません!!」
バロディンは顔を真っ赤にした。シュリはそんな彼の顔が面白そうにクスクス笑った。
「ふふ、からかい甲斐があるわね。……まぁ、とにかく。今アンタがしてくれることはこれが全部だわよ。アンタの記憶には情報がとても少なかったから。あ、もう1つ言いたいことがあるの」
シュリは目を細め、バロディンをじっと見つめた。冷や汗がバロディンの頬を流れ落ちた。
「な、何ですか」
「これからは大事な話にはちゃんと参加しないといけないよ? アンタにこんな面倒なことをさせる理由がアンタの怠けのせいだからね」
「……仲間を売るようなことを誠実にやりとげろって、あまりにも過酷な要求ですね」
「心配しないで。その情報を利用して侵攻したりはしないから。ただ今の魔王であるカオン……カオナードが何を考えているのか分かる為だわよ。人間をまた脅かそうという計画があるかも知れないから」
「……複雑な気持ちです」
――それはそうだろうね。
そもそもバロディンは3年ぶりに最初に人間を脅かしに来た存在。その彼が次の脅威を防ぐ為に利用されるとは、気分がいいはずがない。
でもシュリには戦争の為に仕事する気持ちなんかを配慮する気は微塵もない。
「嫌なら今でもキャンセルしていいの。解放してあげることはできないけどね」
「今さら後戻りするつもりはありません」
「……ありがとう」
シュリは小さいけれど真心のこもった笑みを浮かべた。
――考えてみれば、旦那様以外の前でこんなに純粋に嬉しくて笑ったのは久しぶりだね。
シュリ自身も今かなり浮かれている自覚はあった。
ベルドが抱いて、シュリが同感した理想。魔族と人間の和合。それはきっと美しいが、賛同する者はほとんどない。人間さえもベルドに心から同調する人は一握りに過ぎず、魔族は最初からなかった。
つまり、たとえ本心の同調ではなく、ほんの形だけの協力とはいえ、理想を共有する魔族はバロディンが初めてだ。
――私が魔王位を維持したまま魔族を指揮していたら、理想の為に尽力する魔族が多かったはずだったけど。
今さらの後悔。無駄だということを知りながらも、シュリはそんな気がするのを防げなかった。
――まぁ、〝魔王の死〟にはそれほど重要な意味があったんだけどね。
考え終えたシュリは指をぴくっと動かした。すると魔族の証である翼と角、そしてしっぽがまた消えた。その直後分身の容姿も本体とは何の関係もない容貌で再び戻った。仕上げに覆面とマントを付け直し、マナードとアント達が出かける前の面影を完全に取り戻した。
「一応すべき話は終わったから、そろそろ次に行こっかな」
シュリは魔力の波長まで偽装した後、審問室の結界を解除した。そして外に短い魔法通信を送った。するとドアを開けてマナードがまた入ってきた。
「終わったのか?」
「ん。情報検証と、これからこいつをどう扱うかについても大体合意したの」
「どう扱うか、だと?」
マナードは眉を顰めた。
ここ3年間で魔族が捕まったのは初めてだが、それ以前の事例はある。戦争中でない時に襲来した魔族の場合、即決処刑するか、あるいは王都へ移送する場合の2つ。
ただ、今は勇者ベルドの影響で即決処刑の権限は廃止された。それでも捕虜や犯罪者としての取り扱い方針は依然として生きている。多分マナードはその方針に従って、犯罪者としてバロディンを移送するつもりだったんだろう。
それなりの信頼があるとはいえ、正体も分からない者が犯罪者の扱いについて当事者と2人だけで合意した。それをいい目に見るはずがないだろう。
「とりあえず聞いてみよう。何をどうするつもりか?」
「こいつに感覚共有をかけて魔族に帰らせるの」
「感覚共有か。スパイとして使うということだな。しかし、こいつが信じられるのか?」
「……怒らないの?」
シュリは内心驚いて聞き返した。しかしマナードは鼻で笑った。
「正直呆れる気持ちはあるが、お前が何も考えずにそんな事をする奴はないと思うほどの信頼はあるぞ。問題はこいつだ」
「それはありがたいね。こいつは信用できるの」
「何の根拠で?」
「それは言えないわ」
「……それは困るな」
当然の反応だった。
ただし、自分が魔王であることを隠しているシュリとしては、バロディンを説得した手段を公表することはできない。その代わりっていうか、取引条件は用意したけど。だが、その条件が受け入れられるかどうかはシュリとしても確信がなかった。
「もちろんそうだろうね。それで代わりの交換条件を考えてみたわ」
「それは何だ?」
「それはね……」
シュリの言葉を聞いたマナードは、驚愕で目を大きく開けた。
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